第74期 #16
真夜中、電話のベルが狂ったように鳴った。200回ほどベルが鳴ったあと、僕は目をこすりながら電話に出た。
「ついさっき夢の中で会った者だが」と電話の向こうから男の声は言った。「あんた、どうして俺のこと殴ったんだ? 酷いじゃないか!」
僕は男が何を言いたいのかよく分からなかったが、もう一度同じ言葉を聞き直すのもめんどうだと思った。
「多分、人違いだね」と僕は言った。「僕は誰も殴ってないし、ここ半年夢は見ていない。失礼」
僕は受話器を置いてベッドにもぐりこんだ。
しかし5分ほどするとまた電話が鳴った。僕は目を閉じたまま受話器を取って耳に当てた。すると今度は女の声が聞こえた。
「さっき夢の中で会った女よ。明日、あなた暇かしら」
僕は一度大きなあくびをした。「悪いけど、君たちのゲームには付き合ってられないんだ」と僕は受話器に向かって言った。「せいぜい、いい夢でも見てくれ」
電話を切ると、僕は朝まで眠った。
次の日、僕は目が覚めると仕事へ出かけた。仕事をしながら僕は昨夜のことをふと思い出した。でも仕事が終わる頃になると、僕は電話のことを忘れていた。会社を出ると空に夕やけが見えた。家へ帰ろうと歩きだしたとき、ふいに誰かが僕の腕を掴んだ。
「昨夜の電話、覚えてるよな?」とその男は僕の腕を掴みながら言った。もう片方の手には拳銃が握られていた。「俺は、あんたがどうしても気に入らないんだ。ちょっと付き合ってもらおうか」
僕は背中に拳銃を突き付けられながら路地裏へ連れて行かれた。薄暗い路地裏でゴミをあさっている野良犬を見つけると、男は足で蹴飛ばして追い払った。
「さあ止まるんだ!」と男は僕に言った。「そのまま動くなよ。また、夢で会おうぜ…」
男が黙った瞬間、路地裏に銃声が響いた。男は拳銃を手に持ったまま力なく地面に倒れた。男の背後には、拳銃を構えた女の姿が見えた。
「危なかったわね」と女は笑顔で言った。「早く逃げましょう。見つかると厄介だわ」
僕と女は路地裏を出ると、まるで散歩でもするように夕暮れの街を歩いた。
「あなたって勝手よ」と女は僕の隣を歩きながら言った。「夢の中の出来事をすぐに忘れてしまうんだもの」
僕は、夢の中で何があったのか女に尋ねた。
すると女は言った。「教えない。知っても意味がないわ。あなたは、忘れたいから忘れたの。ただそれだけのことよ…」