第74期 #12

擬装☆少女 千字一時物語40

 十一月二十七日、午後四時。僕は暖色系の装いで、すでにほとんど葉の落ちた街路樹の下にいた。紅葉が美しいと言われるのはなぜか、わからずにいた。春に芽吹き、夏に茂り、秋に散る葉。春に目覚め、夏に盛んだった僕の女装趣味もまた、何も得ることのないまま、老いた葉のように散ってしまうだけなのだろうか。
 ボーイッシュ系から始めた。フェミニン系にも手を伸ばした。コスプレなんかもやった。楽しんでいたことは、今でも覚えている。しかし何が楽しかったのか、思い出せない。そして何ができたのかというと、思い当たるものは何もない。今もただ街路樹の下にいるだけで、何も起きておらず、何かを起こそうともしていない。
 夕刻には肌寒い、重ね着の工夫がいろいろ試せる季節になったのにもかかわらず、僕はめっきり洋服を新調しなくなっていた。何のため?、道端に落ち葉が重なるたびに切なさが募った。誰のため?、叫び出したい気持ちを堰き止めるのはもう限界だった。大きく息を吸って吐き出そうとした刹那、ひとつの視線が僕を刺した。吸った息は意外の感に打たれて行き場を狂わされ、僕は大きく咳きこんだ。
「女々しいところにはお似合いなんだが」
 細く鋭い目の男は、こんなところで発狂されても困る、と言い放った。
「僕はもう、狂ってるんです」
 何が、と男はいぶかしむ視線を放った。美形が凄むと怖いというのは本当だ。見ればおわかりでしょう、と僕は敬語で言わざるをえなかった。男は、それか、と口の端だけで笑った。
「そういうのはファッションって言うんだ。自己主張のひとつに過ぎない」
 簡単な言葉で片付けられたことに、感謝と憎悪が並び起こった。
「僕は、どうですか?」
 この問いは、そのどちらから出たものだろうか。
「自分で言ったとおりだ。狂っている」
 自分がわからずにしている奇行などに意味はない、と男は冷たく答えた。僕は先の感情が自分を言い当てられたことによるものだったと知った。僕がお礼を言うと、男は言うべきことは終わったとばかりに、じゃあな、と投げつけてきた。
「さようなら」
 それは自分の女装趣味への別れの挨拶でもあった。その声が風を呼んだのか、街路樹から最後の一葉が音もなく枝を離れた。来年の春を待ち、街路樹は眠りにつく。僕も眠くなってきた。家に帰り寝間着に着替えて、転がるように布団に入った。またがんばるために今は眠ろう、それだけを思い僕は夢へと落ちていった。



Copyright © 2008 黒田皐月 / 編集: 短編