第73期 #2

移りぎ

 白魚の内に黒黒しき蚯蚓の這ひたる跡あり。あが遊びが掌なり。灯より紅う染めしを見出し、何とありたるかとて拾はむ。然れども、白、あが頬を撫ぜ、艶めきて笑む。何なりとは言はざりけり。何なりとは見せざりけり。明くるるも、手の内の染み読めず。甚う心留むるなりて、打ち頻りに通ひぬ。女、諂ひ響む事なく、愛敬なきも優なり。いとど奇しき容なり。ロ許の紅も、項にて這ふ黒髪が端も、思ふ案をば取り込みて流しつ。あ、かぐわしきに惑へるてふがやうなりにけり。
 惑夜、ふと女が開かれたる手あるめり。将しくかが跡見えぬ。「花の色は移りにけりないたづらに 我が身世にふるながめせしまに」とあり。聞く所、女いらひけり。「なが遺書なり。」てふ。打ち傾ぎす。

 世が春も過ぎむ頃なりと思ひて、朝顔をは求めき。清々しきとて家内に贈りぬ。子、折しも恙に苦しみき。心付けに幾日夜も忠実だちて過ぐす。経ぬるに朝顔咲きぬ。

 久しきとて遊びが住居訪ぬれど、姿なし。ただ文のみ残されり。
 「徒桜恋ひし春も過ぎにけれ 通ひ路移ふ童が遊び」
 明らけしく、向かまじ桜もあるなりけり。然れども、かが恋しきとて嘆きにき。跡辿り、せむかたなきをいらひけむ。
 「花細し色深きかの徒桜 時ならずして朝顔会ふまじ」



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