第73期 #19

血戦

 章博は三六歳で体重九〇キロ弱だった。間近に迫った大型連休について思案していた。驚嘆すべきオフィスアプリケーション・スキルを持つ章博は早々に営業担当社員から依頼されていたデータ処理を終了させて大型連休に自分は何を成すべきか自分と相談していた。
 章博の右隅の視界に成瑠絵の姿が映った。自分と同じ営業事務として会社に在籍する新入社員だった。成瑠絵は立ち上がり此方に歩いてくる。章博の右隣の男に話しかけた。章博は耳を澄ます。
「すみませんこのデータ処理の方法を教えていただきたいのですが」
 かたい金属同士をかるく叩き合わせたような声。好悪の意見が別れる声かもしれない。だが章博の耳には清清しい。
 章博はモニタを真正面に睨みながら左の肘から上を挙げて言った。
「任せろ」
 章博の技量に対して畏敬の念を覚えていた隣席の男は成瑠絵に章博から教授されるよう薦めた。
 成瑠絵は章博の右斜め背後に立つ。
「俺の傍は暑い」
 章博は首を横に振り成瑠絵を見つめた。
 すると成瑠絵は怯えた。章博から威圧を感じた。
 章博は言った。
「肥えてる人間は常に暑い」

 連休の某日のこと。章博は成瑠絵を部屋に招いた。営業事務に必要なPC操作技術を教示するという名目だった。
 約束の十四時に駅前で落ち合う。喫茶店でアイスコーヒーを啜った後に章博の部屋に案内する。道々に章博は成瑠絵に質問した。
「他に予定はなかったのか」
「今日は特に」
「恋人はいないのか」
「います」
「ほう」

 アパートの章博の部屋ではテレビゲームをした。パズルゲームだ。
「負けたら脱ぐんだ」
「え」
「裸が嫌だったら負けなければいい」
 章博は他人の言葉には容易に逆らえぬ成瑠絵の性格を見抜いていたのだった。二人は二.五人掛けのソファに座っている。そのソファを正面から盗撮するカメラも仕掛けてあった。
 二〇分経過した。連敗した成瑠絵は上半身は下着のみ下半身はジーンズといった姿になっていた。
 章博は成瑠絵の横顔を眺めながら訊ねた。
「次はどっちを脱ぐ」
「ブラジャーです」
 成瑠絵は自尊心のつよい女だった。頬は紅潮していたが声はまったくふるえていなかった。
 章博はおどろいた。
「乳首が見えちゃうぞ」
 成瑠絵は答える。私。今日は。生理で。だから。下着を見せたくないのです。
「そうだったのか」章博は二秒間思案した。「辞めるか?」
「いいえ」
「いや辞めよう」
「辞めません」
 成瑠絵は負けず嫌いでもあった。



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