第73期 #17
「踏んだ」と慎治の声がして、顔を上げると好奇に満ちたたくさんの眼差しがぼくに向けられていた。夕陽を背にして運動場へ続く階段に腰掛けていたぼくの影は、いまはしたり顔で煽り立てながら後ずさる慎治によってどうやら踏まれたらしい。
「どうしたよ」慎治はぽかんとしたぼくの表情を訝しく思ったのか、ぼくに、また影踏みに参加している数人の友達に聞こえるように声を上げる。皆が不思議そうな顔でぼくのほうを見ていた。まったく、ぼくには時間が止まってしまったように思えて、次々に降りかかってくる眼差しが恐ろしく、どうしていいものやらわからなくなった。
ぼくはいつの間に影踏みに参加していたのだろう。
慎治が健吾に何ごとかを喋って、お互いに首を捻りながら横目にこちらを見やっていた。祐樹が二人の傍に駆け寄ってきて、そのうちに三人で話し始めた。息が詰まりそうになる。ぼくはこのままじっとして消えてなくなることができればどれだけいいだろうかと思ったけど、それはどうしたって叶わない。動かなくたってぼくにはより強い眼差しが向けられるばかりで、たとえ参加を取りやめて家に帰ったとしても、この階段に座っていたぼくの影はぼくとして変わらず皆に曝され続けるのだ。
ぼくは間違いなく影踏みに参加していた。
「おうい、何してるんだよ、早く来いよ」興が醒めたようにのんびりと気の抜けた淳の声が響くと、たくさんの眼差しは不安げな様相を帯び始めた。ぼくは動かなくてはならなかった。
ゆっくり立ち上がって爪先をとんとんと打ち、走り出した瞬間に皆は一斉に「わっ」という声を上げながら辺りに散らばった。醒めた空気は一転して熱をもち始め、ぼくは心の中の何かが破裂していくような心地がした。ぼくはオニになって、誰かにそのオニを擦り付ける役目を全うしなければならない。皆の走り回る中で、ぼくは具合よくオニの役目を交代できた。「くっそお」と小さく健吾は呟き、立ち止まってぼくを、また他の皆を眺め始めた。しかしそれでも終わらなかった。今度は逃げなければならなくなったのだ。いったいどこまで逃げればいいのだろう、運動場か、それを抜けたバイパスか、それとも部屋に鍵をかけて布団に包まっていればいいのだろうか。けれども、きっとこの影がなくなるまで影踏みは絶えず続けられるのだ。
ぼくは「うわぁあ」と大声を上げながら走った。無我夢中にこのまま気を失ってしまえばいいと思った。