第73期 #15

擬装☆少女 千字一時物語37

 十月十三日、午前十時。圭は自分が発案した体育祭の新競技を楽しみにしていた。それは実行委員である自分にも大変な手間が伴ったが、今日の楽しみを思えば苦にはならなかった。一番の苦労は、周囲の説得だった。仮設トイレよりもひと回り大きな個室を圭と一緒に用意した委員は、それでも不平たらたらだった。
「ただ今から、第三種目、借り衣装競走を始めます」
 何人無事にゴールできるかな、と圭はほくそえんだ。委員の特権で、個室脇という最も走者を間近で見られる場所に、圭は待機していた。本部脇にもうひとつ立てられたテントには、洋服屋よろしくハンガー掛けによりどりみどりの衣装が陳列されていた。手に取った紙が指定した衣装をそこから取って、個室でその衣装に着替えて走るのだ。陳列された衣装は、遠目にもただの洋服の色かたちではなかった。ウェディングドレスやらボディコンスーツやら笑いが取れそうなものはすべて、圭と数人の熱心な同志が準備したのだ。
 予想通り、棄権が続発した。と言うより、面白がっている人、無頓着な者、棄権を良しとしない真面目野郎以外の全員が棄権していた。衣装を着た姿や衣装を手にしたときの落胆ぶりなどに、ギャラリーは大盛り上がりだった。圭は棄権の受付に走り回りながらも、棄権せずに個室から飛び出した全員の勇姿をしっかり拝んでいた。左右逆のボタンを留められずに前をはだけさせたまま走ろうとした男も、きっちり失格にしてやった。
 圭が最も楽しみにしていたウェディングドレスは、最後まで残った。ボディコンスーツは棄権されてしまったが、これはどうか。圭は拳を握り締めた。スタートのピストルが鳴り、紙を取った走者たちがテントに走った。ドレスを手にしたのは中背の奴だった。コイツならサイズがぴったりだ。
 他の走者が次々と棄権を宣言する中、個室に入ったそいつは棄権することもなく、しかしなかなか出てこなかった。他の全員が棄権してしまって会場が静まり返ってしまったときになってようやく、そいつは満を持して姿を現した。
 完璧だった。ベールで顔を隠して、スカートの裾を少し持ち上げて小走りで走って、そいつはゴールテープを切った。大歓声が巻き起こる中、そいつは胸の前で手を小さく振りながら、トラックを後にした。
 同志たちが成功を喜ぶ中、圭は後悔していた。ノリが悪いとたしなめられた圭は、ついそれを口にしてしまった。
「ブーケ、あげたかったな」



Copyright © 2008 黒田皐月 / 編集: 短編