第73期 #14
並木沿いの、日本にない黄色を醸す街灯の光に包まれて、夜の往来は抑揚を帯びていた。虫の音と夜道の音。街灯は、物の輪郭をぼかしている。
夜の人の少ない歩道を、水の半分入ったペットボトルを指に引っ掛けて歩いている。ネオンの色、黄色い暖色によって、僕の服の色は塗り変えられている。時折、バイクやトラックは夜道を通り抜けていく。
街灯の抱擁の混ざり合う――この街灯の光はどこまでで、あの街灯の光はどこまでなのだろう。
手持ち無沙汰に一人の公安は、夜の交差点に立っていた。
「ワンシャンハオ」
光の影になった顔は表情の見えなくも、口のあるだろう辺りから返事はかえってきた。
「ニーハオ」
路面店の切れかけのネオンはチラついている。チチッと音を立てている。あいまいに理解できる漢字。日本語の理解で通るものもあれば、日本語にないものもある。トラックのクラクションは、夜に向かって遠くで何かを聞き返している。
三度目の中国。言葉の分からない街に入り、人々の話す声に捕らえられなくなった自分に気付いたのは、それは最初に日本に戻った後だった。ここでの見当識は街へ溶け込んでいく。
車は車庫から車庫へ。引かれた車線の中を走っていく。トラックのバルブから空気圧の抜ける音。その光も音も、僕の輪郭を透かしてすぎ去った。
外国人教師の泊まっている宿舎に戻った。誰かはキーボードを叩き、また誰かはフォークギターを奏でている。
僕は共同のラウンドリーヘ行き、脱水機にかけておいた服を抱えて、部屋に戻っていった。
七日後、僕は日本へ帰る。……。