第73期 #11
天気のいい午後。小さな神社の一応御神木とされる木の根元に、年老いた猫がうずくまっていた。
彼はいつもここで昼寝をしていた。五十年近くここにいた。近所の老人たちに可愛がられていたが、誰も彼の年齢を気にしなかった。もはや風景と化した町の猫は、それほど気に留められることもない。
彼は眠ってはいなかったが、じっと蹲って何かを待っていた。
老婆がやってきた。だが彼は動かなかった。目の前に置かれた煮干しにも口をつけず、頭を撫でられると迷惑そうに顔をしかめた。
今日だけは少しでも動くわけにはいかない。彼は神に近づこうとしていたのだ。
彼が生まれた頃、母親と兄弟は人間に殺された。人間が憎いとは思わなかった。ただ恐いと思った。だから人間に対抗しうる力を得るために神になろうと決め、長い時間を待ったのだ。
老婆が行ってしまうと学校をさぼった高校生が二人やってきて、ベンチに腰を下ろすと煙草を吸い始めた。
人間が恐い? 猫は考えていた。少なくともこの数十年は人間に恩を受けてばかりだった。不良が来てもこの場を動かない自分がいた。人間への恐怖など神になるモチベーションとしては今ひとつである。実際のところ若さゆえの勢いが大きかった。昔のようには動かない足に目を落とし、猫並の寿命で死んでいればよかったのではないか、とここ数年は考えていた。
「やってらんねえな」
「まったくだよ」
二人の高校生は愚痴り合った。親のこと、学校のこと、社会のこと。
時が近づいてきた。尻尾の先に裂け目ができた。
彼はまだ神にはならない。まず妖怪になるのだ。先達に聞いたところ、妖怪になると肉体が若返り、様々な神通力が使えるようになるらしい。だが妖怪になった途端あらゆる能力が使えるわけではなく、はじめはせいぜい人語が話せるようになる程度だそうだ。
尻尾の裂け目はみるみる広がり、猫は身体に力が蘇るのを感じた。とっくに限界を越えていた身体が昔のように動くのならば、これも悪くないと思い始めていた。さらに上の段階に行くかどうかは、もうしばらく生きてみてから考えよう。
「生きてたってロクなことねーよな」
高校生たちは地面に煙草を投げ捨てた。
すっかり尻尾も裂けてしまい、猫、いや猫又は立ち上がった。妖怪としての最初の力を使ってみることにしたのだ。彼は軽い足取りで高校生たちに近づき、その正面に座って口を開いた。
「生きてりゃそのうちいいことあるよ」