第72期 #6

マルボロ女

セックスが終わったあと、タバコを吸う癖が、あたしにはある。
「ねえ、こっちおいでよ」
博が甘えるから、仕方なく灰皿を持ってベッドに移動した。博は抱きつきながら「子供欲しいな」と言う。あたしはそんな言葉に吐き気がする。子供なんて大っ嫌い。泣くだけでしか自己表現できないなんて。煙でわっかを創りながら博の言葉をスルーする。
「…ハメは外しても、ゴムは外すな」
あたしが呟くと博が怪訝な顔をした。
「どっかの芸人のネタで出てきた言葉」
あたしは灰皿にタバコをなすりつけてそう言った。
「下品だね」
博が嘲笑したので、あたしの座右の銘なんですけど、と睨んでやった。

その日仕事終わりに博とフレンチレストランへ行った。かなり高いコースを頼んだ。博は金払いがいい。彼氏にしとくにはいい。でもあたしたちには共通言語がない。それだけ。
デザートが出た後、ドアが開いて家族連れが入って来る。途端、店内が騒がしくなる。
「ママぁーここなんのおみせー?」
フレンチレストランだよ、わかってんのか。鼻垂らしたガキが入って来るんじゃねえよ。
「可愛いなあ」
博がありえないことをほざく。
「やっぱり子供はいいなあ」
あんた馬鹿?あたしと何年付き合ってるんだよ。ニ年だろ?
「俺さ、やっぱり家庭を持つのが夢なんだ。一戸建て買っちゃってさ。可愛い子供、最初はやっぱり女の子かな、男の子も欲しいけど。子供が大きくなるのを見て…」
黙れ、黙れ、黙れ、煩い。汚らわしい。
「それで、自分の奥さんになるには、どんな人がいいかって言うと、やっぱりキミみたいな…」
ガシャン。あたしは皿にナイフを叩きつけてマルボロを取り出した。博が慌てる。馬鹿だ、コイツ。ありえない話をするな。フーッと煙を吐き出すと、店員が飛んできて
「お客様、店内は禁煙ですので…」
と申し訳なさそうに言うので、タバコでガキを指した。
「その前にあの騒音何とかしてくれない?」
博に「出るわ」と告げて咥えタバコのまま外に出た。タクシーを拾っていると、博が追いかけてきた。
「何、怒ってるの」
タクシーの扉を開けながらあたしは言った。
「あんたは、なんで怒らないでいられるの?」
扉を閉めて少し走ると、運転手が言った。
「お客さん、車内は禁煙なんです」
あたしは車を降りて歩いた。イライラした時に煙草を吸うってのは本当かも。博から離れると極端に減煙するのだ。
思い出した。
そういえば、母もマルボロを吸っていた。あたしが泣いているときに。



Copyright © 2008 森下紅己 / 編集: 短編