第72期 #4
川が流れ、山があり、渓谷を通り、さらに、山を登った所にある、仁協寺。その寺は、海より遠く隔たっているために、なかなか、塩や、魚などの海鮮食品がなかった。しかし、このご時勢、ネットから簡単に注文する事が出来るようになっているが、そんな設備すらないような山奥、そんなところに、この寺はあった。
その寺は、一つの山丸々一つを敷地として、その頂上に広々とした野原があり、そこに、寺のお堂などを建てていた。ちょうど、ここは周りの山より標高が高く、電信塔としての役目も果たしていた。
そんな寺に、一人の坊主がいた。彼は、元々漁師で、この寺に、塩や魚を定期的に運んでいたが、自らの意味を悟るために、出家し、この寺に入ったのだった。そんな彼でも、時々、彼が住んでいた村の特産品であった、鯖を恋しくなる時があった。そして、ここに来た仲間に、次の時、鯖を以て来るように頼んだ。
翌月、ついに、その仲間が寺に来て、魚や塩を置いていった。その中に、鯖があった。彼は、喜んだ。しかし、調理方法を考えていなかったので、どうしようか悩んでいた。そんな時、横から仲間に声をかけられた。そして、調理場から道具を持ってくると言って、そのまま、走って行った。
ちょっとしてから持って来たのは、蒸し器だった。どうやら、他のフライパンやなべを借りようとしたのだが、これしかなかったらしい。仕方ないので、それで調理をすることにした。
寺の広大な野原の真ん中に、石を組み上げ、かまどを作り、火をつけた。そして、近くの沢からの水を蒸し器の一番下にいれ、中段に鯖を入れた。あとは、ゆっくりと待つだけだった。彼らは、その間に一眠りした。
気がつくと、日も落ちかかっていた。蒸し器をみると、しっかりと蒸されていた。彼らは、それを入れたまま、調理場に行き、みんなに振舞った。こうして、この日は鯖の日といわれるようになり、どうかすれば、鯖を食べるような風習が、この寺に残るきっかけとなった。
坊主は、その後、毎年この日に鯖を届くのを心待ちにしていたらしい。だが、この寺自体が、その後、どうなったかは、まったく伝わっていない。