第72期 #11

An un-hungry beggar

at+y-t=a+(a)X=an――それはずっとついて来ていた
隆は、姉の安子に付き纏う浪人生の柳田を憎らしく思っていた。毎朝通学する安子の姿を、柳田は自宅の窓から凝っと見詰めているのであった。
が、或る時安子が好んでその道を通る事を、隆は知った。以来彼にとって、安子は柳田と同じく、得体の知れぬ化け物であった。
            
g/j=X(jn) ――明日は昨日からのみ生まれる
ジャンは或る深夜、彼の住むおんぼろアパートの大家であるところのゴールドマン氏宅へ忍び入り、彼を撲殺した後に奪った銃で銀行強盗を企てた。
勇んで乗り込んだその日、生憎銀行は休みであった。

s=s1+s2-s3-s4+s5×s6/s7+s8…sX――生という名の疼き
急遽住民票が必要になり、静代は役所へ赴きました。
フロアにごった返す人の群れ、順番待ちをしていた静代の背中に、四十絡みの男性がぶつかってきました。
振り返った彼の眼に宿っていたのは、謝罪の光ではなく、憐みの靄でした。

m(w)=w≠wX, w(m)=m≠mX――未だ始まってはいない
「貴方の事、どうしても好きになれないわ」
女はそう言って、男の首に絡みつく。
男が女のこめかみ越しに観ている野球中継は、最後の打者を打席に迎えた所で放送を終える。

i-iX=i/∞――リゾーム
毎日々々交わした言葉も思い出せない様な人々から、名刺を受け取る。
掌中のそれらに、もうこの世に居ない者が在るかも知れないと思うと、何か底冷えする様な怖ろしさが有る。
が、この枚数の分だけ、私の欠片も彼らの掌中に在るのかと思うと、面の皮の下を何者かが這いずっている様な緩い痺れにも襲われる。
 
hn=h-hX, k(h)=hX――青春監獄の夕べ
下校途中に急に降られた雨の所為で、敬子と史江は数年前に閉店した精肉店の軒先で雨宿りをする事になった。
と、史江は曇天の裂け目を探して上向く敬子の頬を見詰めながら、微笑を湛え「私、雨にはよくない想い出があるのよ」と、降り注ぐ雨粒の下へ華奢な身体を晒し出た。
独楽の様に体を回転させながら、それでいて視線だけは無数の雨粒を劈いて私に定めたままである史江は、何か場違いな熱にうかされて揺れる陽炎の様であった。
その唇が、雫を滴らせながら、何かを告白した。
それをはっきりと聴き取れなかった敬子は、それが故に自身の体温を奪っていくのは、雨の冷気だけではないと感じた。



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