第72期 #10

生身のアンドロイド

コードネーム『アダム』。
かつて人間と呼ばれていた者の形。
体は完全に機械化され、記憶はすべて人工頭脳に移植されている。
画期的な神経系機構の発明によって彼の開発は大きく進展した。
記憶のデジタル化。発明したのは彼自身だ。
私は、研究チームのリーダーとして彼の開発に携わってきた。
恐らく今日、彼は2度目の誕生日を迎えることになる。
彼の誕生は人類の歴史に新たな1ページを加えるだろう。
でもそれは私にとってはどうでもいいことだ。

彼の起動コードは既に入力されている。
ディスプレイに彼の最終チェックプログラムの進捗状況が流れていく。
循環器系チェックシーケンス開始...OK。
神経系チェックシーケンス開始...OK。
全系統接続開始...OK。
起動開始...
もはや賽は投げられた。あとは神に祈るだけだ。
――神に祈るだって?我ながら面白い考えをするものだ。
彼のプログラムに誤りはない。それは私が証明しているではないか。

静まりかえった部屋の中で、彼はゆっくりと目を開いた。
彼の緑色の目が私を見る。
「おはよう、アダム。」
「・・・おはよう、イブ。どうやら成功したようだね。」
彼は静かに起き上がり、新しい感触を確かめるように私の頬に触れた。
「機械の体を手に入れた気分はどう?」
「気分?難しいな。そう、きっと君が生身の体を手に入れた時と同じだよ。」
そう言って彼は微笑んだ。

私はどんな気分だっただろうか。忘れてしまった。
忘れるという感覚に慣れてきたのは最近のことだ。
明確な記録だった過去が曖昧な記憶に変化していく過程はとても恐ろしく、このまま自分は消滅するのだろうかという言い知れぬ不安に苛まれた。
しかし、それは杞憂だったのだろう。
少なくとも現在まで、私は私であることを忘れなかった。これからも忘れることは無いと思う。
それでも時々、こうして私は確かめる。
私はイブ。
かつてアンドロイドと呼ばれていた物の形。



Copyright © 2008 沖田タカシ / 編集: 短編