# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 葬式にて | しん太 | 838 |
2 | 隻手の音を聴け | くわず | 727 |
3 | 京都 | みさめ | 528 |
4 | 夜道 | グラックマ | 527 |
5 | 擬装☆少女 千字一時物語35 | 黒田皐月 | 1000 |
6 | ビューティフル・ネーム | 森下紅己 | 1000 |
7 | 幽霊 | 群青 | 792 |
8 | 夏 | わら | 1000 |
9 | 夏の日 | サカヅキイヅミ | 1000 |
10 | オルガン | 宇加谷 研一郎 | 1000 |
11 | あなたの性格がわるいのは母親のそだてかたが原因だったのだ | qbc | 1000 |
12 | 約束 | 冠概和魅 | 999 |
13 | 林先生 | 小松美佳子 | 989 |
14 | 作品 | bear's Son | 1000 |
15 | 八月の光 | るるるぶ☆どっぐちゃん | 1000 |
先日、遠い親戚の葬式へ行った。喪服を着て、坊主のお経を聴いていた。皆、神妙な顔をして、拳を握り、正座して、座っている。
僕もそうしていた。
坊主の単調なお経が続く。
でも、やっぱり、やってはいけない、してはいけない、って禁止されると人間って、どうしても、逆のことを考えてしまうね。
どういうことかって言うと、皆の中で正座していると、何だか、可笑しくて、可笑しくて、仕方なくなってきたんだ。
あのくそ坊主のつるっぱげの後頭部が可笑しくて仕方ないんだ。
その坊主が単調に木魚を叩き続けているのが可笑しくて仕方ないんだ。
まわりの人達の神妙な顔が可笑しくて、可笑しくて、仕方ないんだ。
何だか故人の遺影の顔まで可笑しくて、可笑しくて、仕方ないんだ。
そのすべてがミックスされた空気が可笑しくて、可笑しくて、仕方ないんだ。
僕は、ふと、縁側の外を眺めたよ。
のどかでポカポカとよく晴れた日だったよ。
僕はうつむいて、震えていたよ。
七分くらいは、そうしていただろうか?
でも、もう限界が来ていたんだ。
僕の口から、吐き出される息と共に、笑い声が漏れ出したんだ。
皆、少しずつ、僕の様子がおかしいことに気付きだしてね。
何人かが僕の顔を覗き込み出したんだ。
もう限界だったよ。
僕は今までこらえていたものが流れ出すように、笑い出したよ。
もう、笑いが止まらなかったよ。
大声で笑い続けたよ。
皆、驚いて、僕を見つめていたよ。
でもね、坊主だけは、あの、くそ坊主だけは、相も変わらずに、お経を淡々と続けていたんだ。
僕は、立ち上がって、坊主のもとへと歩み寄ったよ。
そして、坊主の隣に座ると、坊主の肩に右手をまわしたよ。
坊主の顔を覗き込んだよ。
坊主はそれでも、お経を表情一つ変えずに続けているんだ。
僕は坊主のツルツルの頭を撫でてやったよ。
微動だにしなかったね。
そして、見事、お経を最後まで唱えきってみせたよ。
根性があるよね。
それだけさ。
それだけのちょっとした話。
おわり
24 男は、両の瞼をゆっくりと開ける。
33 凝縮していく地平。
15 陽に乾いてささくれ立った畳。
17 「起きた?」
18 水仕事をしながら、女はいつも障子越しに男へ声を掛けた。
26 磨り硝子の障子に仕切られた水屋。
28 其処に、女の姿はもう無い。
25 醜い染みが広がって行く様に、じわりと上体を起こす。
30 窓の桟に両肘を突いて、窓外を見遣る。
13 そして、鮮やかな風景が拡がって行く。
01 燃える夕暮れの街。
36 もうすぐ、闇が落ちてくる。
03 杖を突いた老人が、歩みを止め息を吐く。
31 全身の力を抜き去る様に、ゆっくりと両の瞼を落とす。
27 そして暫し間を置いて、弾かれた様に開ける。
35 それからゆったりとした足取りで、橙に呑み込まれていく。
05 バスケットボールをつきながら、子供らが無邪気に笑い合う。
08 薄汚れた野良犬が、身体を引き摺る様に通りを彷徨う。
02 濃紫の尾を伸ばす電信柱。
11 野良犬は、鼻面を押し付けて、その臭いを嗅ぐ。
22 それも、ながくは続かない。
34 野良犬は何か醒めた様に、不意に頭を上げる。
04 その脇を、母子と思しき二人が、手をつないで過ぎて行く。
19 女が身を捩って顔を覗き込む。
21 互いに見つめ合い、内から自然溢れる微笑みを湛えている。
07 遠くから、豆腐屋のラッパが聞こえて来る。
14 物の殆ど無いアパートの一室。
09 男物の、黒い革手袋。
06 宙に放り投げ、弄ぶ。
29 男は、拭い去れない懐かしさに、少し身を委ねる。
12 やがてその脳裡に、人影が揺らぐ。
32
20 「起きたよ」
16 静かに横たわるひとりの男。
10 打ち捨てられたのか、或いは唯其処に在るだけなのか。
23 存在するものは、いつだって気紛れだ。
仕事から逃げるように突然明日も休みを1日もらって京都にきた。同僚たちはきっと勘ぐるにちがいない。なかなか仕事のことが頭から離れず、やっととれた宿の部屋の窓をあけ外の空気を吸いながらぼーっとしていた。
でも、ココに来たのは一人じゃない。一緒に来てくれた人がいる。一緒に来てくれた理由は聞くまでもなかった。お互いのことを思えば、推し量れば聞いてはいけなかった。聞いてしまったら心のどこかで堰き止めているものがあふれてしまいそうだった。
自分の気持ちに気付いてしまいたくなくて、それを抑えるのが苦しかったのと、仕事がうまくいかず苦しかったのとでどうにもいかなくなっていたのだ。消え入りそうな声で「明日休ませてください」と電話をしたとき、そのあまりの悲惨さに気付いたのか「わかった、京都に行こう」と言ってくれた。京都にはずっと前から連れてきてくれる約束をしていてくれたが、結局こちらから誘ったようになってしまった。
外は祇園祭も24日の還幸祭が終わり、ようやく終盤を迎え始めた。
「観光客向けじゃなくて、いいところがたくさんあるから」
そういって微笑んでくれた。私は心のわだかまりがすっと解けていくのを感じた。
今だけでいい、一瞬の逃避行に陶酔しようと心に決めその瞳に頷いた。
「遅い…なんてね。」
彼女は待ち合わせに遅れた僕に冗談を言った。新宿20:45のこと。
「まさか、来るとは思わなかったよ。」
「会いに行くって言ったじゃん。」
日暮里到着。彼女と並んで道を歩く。
「ここでいいから。バイバイ」
「家まで行くよ。」
「今日はヤダ。そんなんじゃ家にあげられないからダメ。」
「じゃあ、家の前まで。」
「…分かったよ。」
夜道をゆっくり進んで行く。分かっていた。彼女の顔が曇っている。嫌なんだね…僕といることが。
「ここだよ、家。」
「そうなんだぁ。」
「送ってくれてありがとう。」
「いやいや、別にいいよ。」
帰ろうとする彼女を引き止め、抱き寄せた。愛しい彼女の髪が夜風で香る。
「もう、帰らなきゃダメだから…。」
「…うん、分かった。バイバイ」
「気をつけて帰ってね。」
「ありがとう」
ここまで嫌がっておきながら彼女はいつも優しい。卑怯だ。嫌いになれないじゃないか。
夜道を一人歩くと、後ろから呼び止められた。
「バイバイ」
「じゃあね」
なんでそうやってココロを揺らすコトバをかけるの。今日で最後にしようと決心したのに。
僕がいることで、彼女を傷つけている。好きだからこそ、離れなければならないんだ。
大切な人を自分の力で守れないと知った。日暮里21:45のこと。
八月二十一日、午後九時。今日も一日暑かったところに、急に涼しい風が吹き込んできた。また夜になってからの雷雨かと思った瞬間、停電したのか、部屋が真っ暗になった。数瞬後、目が慣れてきたのか、周囲が見えるようになってきた。違う、何かがほの明るかった。異変はそれだけではなかった。涼しいと思っていた風は、肌を刺すほどに冷たくなっていた。
憎い、憎い……、さらにどこからともなく声が近づいてきた。そしてそれに合わせるかのように、ほの明るい何かが人の形をとった。はっと気づいたときには遅かった。それは前髪に目が隠されていたのにもかかわらず、睨まれたかのようにそれに視線を絡め捕られてしまっていた。
奴らが憎い……、風に揺れながらも、それは次第に輪郭がはっきりしてきた。それに合わせるかのようにはっきり聞こえてきた声は、よく知るものではなかったが聞き覚えのあるものだった。
おれにこんな屈辱をくれた奴らが憎い……、聞いたことがあった。男のくせに女の服を着た奴の噂、痩せぎすで力も弱くてからかっても反撃の心配のない奴、そいつがパフスリーブの白いワンピースを着せられて、写真も出回ったという話。写真は見たことがなかったが、それの姿が聞いていたそれだった。ネックラインは黒いリボンで縁取りされた四角型、腰の高い位置を同じ黒いリボンで締めて、スカートはボリュームたっぷりのフレア。膨らんだ袖から伸びた骨張った腕や締めすぎた脇腹がまるで似合っていないという噂のとおりだった。
おれを笑ったお前が憎い……、確かに噂を聞いたときには笑ったが、こうして目の当たりにすると、それは決して笑えるものではなかった。薄ら寒い、とても見ていたいとは思えないものなのに、それから目をそらせることすらできなかった。もうやめろと言いたくても、凍えたように唇が動かなかった。それはただそこにいるだけなのにすべてを握っているようで、訳のわからない恐怖が急速に募った。
――!、叫びと同時にすべてが元に戻った。部屋は電灯に照らされ、蒸し暑さがまとわりついた。悪い夢の後のように、大息をつき、大汗をかいた。夢、これは夢だったのだろうか。わからない、こんなに鮮烈に思い出せるのに現実かどうかわからない。
翌日、登校日、そいつが自殺したことが全校集会で伝えられた。誰にも処分できなくなってしまった写真が持ち主を呪うという噂が立ち上ったのは、それからだった。
「もしもし?景?綾だよ。土曜日空いてる?花火大会があるから」
綾とは、幼稚園の頃からの付き合いだ。何につけても行動派で男勝りな彼女に、私はヒヨコの様にくっついて育った。
「景って、いい名前だよな」
小学生のときに、綾が言った。
「なんで?ケイ、なんて可愛くないよ。私は綾の方がいいと思う」
私がそう尋ねると、綾は首を振って言った。
「考てもみろよ、アヤ、だぜ?あたしにふさわしくないよ。あたしはもっと男みたいな名前が良かったんだ」
土曜日、約束の時間に駅に着く。駅は花火見物客でごった返していた。綾を探していると、背後から肩を叩かれた。
「綾!!」
私は思わず声を挙げた。一年会わない内に、綾はひどく変わっていた。焼けた肌、逞しい腕、短かく刈り込んだ髪、そして、胸。
「おっぱいが、ない」
私は綾の胸を擦った。綾は笑った。
「取ったよ。手術で」
私は驚いたものの、何だか複雑な気分だった。綾は、ずっと男に成りたがっていた。その願いが叶ったと思うと、嬉しい反面、もう女としての綾は居ないのだと考えてしまう。
「もったいないね、Dカップ。くれれば良かったのに」
私が寂しそうに言うと、綾はいきなり私の胸を掴んだ。
「景のちっちゃいおっぱい、好きだ」
綾がそのままくすぐって来たので、私は笑って逃げた。花火会場まで追いかけっこをするように走った。
花火が始まった。色とりどりの花が咲いては散っていく。
「綺麗ね」
私が呟くと、綾は不意に後ろから私を強く抱きしめた。
「俺、乳取って良かった」
耳元で囁く。
「こうして抱きしめたとき、景が男を感じられるだろ」
それから数日後、綾からの連絡が途絶えたので、綾のアパートを訪れた。
綾は疲れきった様子で私を迎え入れた。何かあった、と反射的に思ったが、綾の沈痛な面持ちにどう声を掛けていいか解らず、沈黙が続いた。
「…生理が来た」
長い沈黙の後、綾は言った。
「思い知らされたよ」
俺は女だ、そう言って綾は座り込み、泣き出した。
「名前も嫌いだ。綾、なんて名前。女々しい」
私は黙って綾の傍に座った。すすり泣く肩を抱き締める。
「…いい考えがあるの」
私は言った。綾は膝を抱えたままだ。
「あなたに、名前をあげる」
私の中にはある決心があった。
「名前…?」
呟いて綾が顔を上げる。
「あなたは、今日から、景」
綾の涙が止まる。
「そして私は」
私は綾の手を握り締めた。
「今日から、綾」
綾、否、景は私を抱き締めた。
「愛してる」
二人同時に、囁いた。
俺には、幽霊が見える。それも相当くっきりと。
家族も友人もほとんど信じていないが、もちろん嘘ではない。俺の部屋には白い割烹着に身を包んだ黒髪の女がずっと天井からぶら下がっているし、妹の部屋の隅には体育座りの小学3年生ぐらいの男の子がいる。
首を絞められた窒息死だったらしく、その顔は鬱血して青紫色になっている。この前妹が部屋にいない隙にCDを借りに部屋に入ったときには、その男の子の隣に首と右前脚の無い猫もいた。その猫はにゃおにゃおと鳴くこともなく、くるくると顔を洗うこともなかった。
俺は17の時、堪りかねて霊関連のことについて調べ、一人の男に行き着き、その男の家を訪ねた。その男の玄関には真っ白い顔をした血まみれの老婆が立っていた。
男に事情を話すと、男は(八月の半ばであったにも関わらず)暖かいココアを一杯俺に渡し、どこかに引っ込んだ。10分程してから男は褐色の瓶を持って現れた。霊視能力を消し去る薬のようなものらしい。男に万札を3枚渡し、礼を言ってその場を後にした。帰り際に白い顔の老婆の顔を思い出した。おそらく老婆はあの男の母親だろう。眼尻の辺りが実にそっくりだ。
俺は部屋で薬を一粒飲んでみた。すると、ぶら下がっていた女の姿がすうと透き通ったようになった。俺は目を見張った。なんだが淋しいような気がしたが、やはりこの能力のために事あるごとに一喜一憂などしていられない。俺は妹の部屋に行き、薬をもうふた粒飲んだ。体育座りの男の子と首無しの猫の姿はすうと消えてなくなった。
夕食の時、テレビや机の周りで鬱陶しかった爺さん、婆さんの二人組の幽霊がいた。俺は母、父、妹、その幽霊たちの目の前でその薬を頬張った。爺さん、婆さんの姿は煙のようにフワリと透けて、散った。母、父、妹の姿も霧が晴れたようにさっと消えて無くなった。
俺は今目の前で何が起こったのかを理解してから、気絶した。
高校最初の夏休みももうすぐ終わろうかという頃。祖父が亡くなり元気がなくなった祖母を連れて、母と伯父と僕とで京都へ行った。
初日の夜に妹から電話があった。妹は出来の悪いくせに私立中学に行ったので、夏休みは毎日補習で留守番だった。妹から告げられたのはクラスメートの訃報だった。トラックにはねられての即死だったそうだ。
翌日、智積院と三十三間堂へ行った。知人が死んだ翌日に寺社仏閣で僕は何を祈ればいいというのだろう。夕食後京都駅で別れて、僕は一人帰路についた。夜行列車といっても座席が傾くだけでベッドもなく電気も消えない。眠れずに死んだ女の子のことを考えた。中学が違うのだから出会ってまだ五ヶ月弱。おまけに夏休みで丸一ヶ月顔も見ていないから、うまく思い出せない。印象が薄かったわけではない。友達も多かったと思うし明るい子だった気もする。ただ僕は彼女に全く興味がなかった。多分会話したこともない。
その程度の関係ならばわざわざ告別式の為に帰ることもあるまいとも思うのだが、今後クラスでの立ち位置が悪くなりそうだという打算もあるし、僕はクラス委員だった。正直だるいが仕方ない。
結局眠れぬままに夜は明けた。家に帰ると制服に着替え、鞄に文庫本だけ入れるとすぐ出かけた。土産にクッキーを買ってきたのだが、置いてきた。
教室では皆が沈鬱な顔をして座っていた。空席は一つだけ。来なかったら本当にまずかったなと胸をなで下ろした。かなり長い時間待たされた。眠かったがここで寝るわけにはいかない。退屈だが文庫本を開くわけにもいかない。ここにはそういう空気があった。
ようやく体育館に全校生徒が集まると、ここもやはり重い空気に包まれていた。本当にみんな悲しいんだろうか。クラスが同じ僕でさえこうなのだし、この中には彼女の存在すら知らなかった人も少なくないはずだ。中には嗚咽が止まらない人もいるが、きっとほとんどの生徒は悲しいふりをしているだけなんじゃないか、と思った。
言うとは思っていたが、校長が「みなさんも車には気をつけて下さい」と言った。失笑を漏らすわけにもいかず、僕は悲しいふりをした。
この後野球部が所有するバスで、僕らのクラスは故人の家へ告別式に行かねばならない。体育祭で使うテントを教師が積み込むのを眺めながら、クラス委員の僕にはまだまだ仕事が残っていそうだと思った。ため息さえこらえながら、とにかく眠かった。
二年かそこらぶりに帰省した。
私の実家はかつて森だったくさい小高い丘の中に立っていて周囲には未だに緑が多い。夏っぽい抜けるような青さを持った緑じゃなくて、ぬるっとした湿度を年中保持し続ける仄暗い緑。たぶん空から眺めれば木々が民家を呑むようにして茂ってる様が観えるだろう。そういう立地だから久方ぶりに見る私の生家はあちこちひどく痛んでいた。
二年で色々なことが変わっていた。右隣の家ではご主人が交通事故で死んだらしい。左隣の家の奥さんは更年期障害で物凄く疑りぶかい人格になっていて、おまけに娘さんは統合失調症になっているとか聞いた。どちらも伝聞。確かめる気はない。あと物置にしまっといた本がもう読めないくらい湿気っていて地味にショックだった。
緑が増えている気がする。
丘の家の多くが庭の木々を刈り取ることをやめていた。私がいたときには、なかったことだ。
じかに日差しが差し込む昼はとうてい家に居れたものじゃないので、近くの図書館に本を読みにいく。
図書館はそこそこ冷房が効いてて涼しかったけど、毎日見かける妙に小さなおじさん(たぶん障害)がしょっちゅう鼻をすすっているのが気になる。それを除けばほぼ快適。日が暮れてから家に帰る。自転車のチェーンがひどく緩んでいる。点検しないと危ないかもしれない。
帰るとき気付いたのだけど、坂の下のお家が飼ってた矢鱈吠える犬が、いなくなっていた。
食事時に母親に「あの犬どうしたの」と聞いた。母の話によると、あまりに吠えすぎて近所迷惑になるとかで、犬は車庫に閉じ込められたらしい。この二年間一度も、犬が車庫から出てる所を母は見たことがないと言う。かわりに声は聞こえた。母が近くを通りかかるたび、シャッターの中で犬は吠え続けた。あるとき庭木に水をやっていた家の奥さんが「すみませんねぇ、私も困ってるんです。ちゃんと出しませんから」と済まなさそうに言い訳したとか。私はその場面を想像した。けたたましい犬の吠え声と、家の奥さんのヌルい笑みとのギャップに、少しぞっとした。
私が帰る二週間前くらいから、ぱったりと犬は吠えなくなったらしい。
多分死んだのだろうと母は言った。
もうすぐこの家を手放して母は丘を離れる。それがいいと私は思った。ただ三代住んでいた家を手放すのは割と重いことで、親族にいろいろ言われているらしい。
その許しを請いに、お盆には祖父の墓を参りに行く。
青年が電子オルガンを運びながら(それはひきずっているようにもみえた)、路地を歩いている。すれちがった住民は「なにゆえにオルガン?」と少し疑問をもつ。声はかけないが、皆が一度青年を振り返る。
長屋から「いってきまうす!」と飛び出した子供が、青年をみて「あ、拾い乞食!」と悪びれない様子ではっきりと言った。不審に思っていた住人達にも子供の声が聞こえると納得することがあったのか、何も見なかったかのように足早に姿を消した。
入り組んだ小路から大通りへ出た青年は、ひたすらオルガンを運びながら、駅へと向う。ちょうど夕暮れどきで、帰宅中の何人かが青年をみるけれども、路地裏の人達のようには関心をもたないようだった。
さて青年は何をしたかったのでしょうか?
と作者の俺はこう書いて終わらせたい衝動に駆られる。この話を読んでくれている諸君には大変申し訳ない。「つまらんものを読まされたわやい」と憤られるかもしれない。俺もこの青年は何なんだわやい? と思ってる。俺は乞食ではないつもりだしさ。
しかし、諸君や俺の思惑とは別に、駅へ着いた青年が、コードを差しこんで思いのままに即興演奏をはじめたとき、黒く塗りつぶされていた青年の表情に赤みがさして、音を通して、彼と世界がはじめて握手したかのような強いグルーヴ感が醸し出されていた。俺、これは悪くないと思うんだよ。
ちらほらと集まってくる通行人の中には一匹の猿がいて、俺がみつめると、この想像の猿は、まるで俺の方が猿の創造した生き物なんだよ、とでもいわんばかりにニヤリと視線をぶつけてくる。
青年に目を向けると、なんと群衆の一人が、おもむろに靴をぬぎ、素足で踊りはじめていた。それは諸君、とても足が、締まっている、指先の一本一本が、それぞれ床のあちらこちらを感じとっているかのように鋭敏な足の持ち主の、女だった。気持ち良さそうにのっていた。
いつのまにか猿が横にいた。猿のやつ、べっぴんさんと腕を組んで、コーヒーをすすっている。
「このコーヒー半分凍ってるわ」
「だめかい」
「冷たくて、おいしい」
「そうかい」
猿とお嬢さんは楽しそうに会話し、青年の手と踊り子の足はビートを刻んでいる。なんだか実に、妬ましい!
と思った途端「そうだ、洋子が待っている」と我にかえった。青年やダンサーや猿やお嬢さん、それに空想の諸君に一礼して、失礼する!
……だが、洋子はその日帰ってこなかった。
私は桃瀬雛乃-モモセヒナノ-料理がとにかく下手。もう高1なのに
わたしのまずい料理を食べてくれているのは友達の高島文都-タカシマフミト-
私が好きな人にお弁当を作りたいと言ったら
「味見してやる」って言ってくれた。
でも、上達しないみたいでなかなか「合格」の一言が聞けない
「よし!今日こそ…あ、文都!」
「おっ!まずい弁当屋の登場だ」
「まずい弁当屋って言うな!!」
「だってまずいし」
「ツッ…言い返せないし…でも、今日はうまいから☆」
「信じらんねぇな」
「まぁ食えって」
「ん!入れすぎ!!」
「どうよ?」
「…うもぇ」
「は?なに?」
「うめぇよ!これ!!!」
「ありがとう☆やったぁぁあ!」
その瞬間私は初めての感触を覚えた。
―――――――――えっ、キス?
「好きだ。一生懸命頑張っている雛とうまい料理を作る雛が」
「……文都」
「俺のために毎日そのうまい弁当を作ってくれないか」
「……うん、いいよ。たまにまずくても怒らないでね」
「わかんねぇ。」
「じゃ、やだ」
「嘘だよ。怒るわけないじゃん。」
「……うん」
「雛?」
「ごめん……」
「泣くなよ」
すごく温かくて安心できた。
文都の胸の中
1ヶ月後
「はーいお弁当」
「うん」
「なにどうかした?」
「俺…転校するんだ」
「どこに?」
「沖縄に」
「沖縄!?遠いね。」
「うん。もう別れよ。」
「なんで?やだよ。待ってる。戻ってくるんでしょう?」
「うん。いつかね」
「待ってる。ずっと」
「………分かったよ。待ってて」
2週間後
「文都、待ってるよ。あたし、ずっと」
「うん。連絡するから」
「いっぱいしてね!!」
「するから。」
「最後に抱きしめて」
「うん」
やっぱり、文都の胸の中は温かかった
でも少し、震えていた。
10年後
私は、テレビを見ていた。
「臨時ニュースです!スーパーで事件が発生しました」
「物騒ね」
「被害者は高島文都さん26歳です。山之内病院に搬送されました」
私は病院に向かった
「あ、雛乃ちゃん…」
「お母さん」
「文都に会ってあげて」
私が病室に入った時にはもう白くなっていた。
「ふみと…あたし待ってたんだよ…」
「文都…返事してよ…」
「無理だよね」
「大好きだよ。ずっと。上で待っててね?約束だよ?」
「ばいばい。文都」
「なんか独り言じゃん。あたし」
文都は逝ってしまった。先に
私は文都と会うのが先延ばしになってしまった。
でも、私が約束守ってたから、文都も守ってくれると思う。
きっと。
完
林先生と初めて会ったのは家の近くの居酒屋だった。隣の席に坐っていた先生と意気投合して盛り上がったのだ。
先生は六十歳過ぎくらいの白髪頭で、話がとても面白い。漢文に詳しいそうで、話しているうちに一度先生のお宅で教えてもらうことになった。
約束の日曜日に一人暮らしだという先生の家に伺って、畳の部屋でお茶を飲みながら講義をしてもらった。まあ、寺子屋のようなものだが、これがとにかく楽しい。それでいて含蓄があって、すっかり気に入ってしまった。
それからは毎週日曜日の朝九時から先生に講義を受けるようになった。教科書は中国書の専門店で買ってきた『説文解字』という古い漢字の辞書なのだが、文章が簡潔で解りやすい。それなのに奥が深く、次々と目から鱗が落ちるような話が出てくる。
授業料を差し上げたいと言ったら、入門の際には「束脩」といって乾した肉をいただくことになっているとおっしゃる。次の週にビーフジャーキーを持って行ったらとても喜んでくれた。それ以来、月に一度くらい、いろんな種類のビーフジャーキーを持って行くことにした。
こうして半年ばかり経ったある日曜日、いつものようにお宅に伺うと玄関口に異様なものが立っている。姿がはっきりせず、目も鼻も混沌としているが声と雰囲気は先生に間違いない。何事もなかったように教室代わりの和室に向かうので、度肝を抜かれたままふらふらとついて行き、そのまま授業が始まってしまった。
授業そのものはいつもと変わらない楽しいもので、口調も同じだったので、話の合間に、勇気を振り絞って聞いてみると、先生が答えた。
「実は、私は定まった形を持たずに生まれてきたので、いつも人間の皮をかぶって生活しているのです。ところが、昨夜、書を書こうとして墨汁をひっくり返してしまい、すっかり皮を汚してしまいました。あいにく予備の皮を洗濯に出してしまっていたのでかぶる皮がありません。そこでこんな姿でお目にかかることになりました。今日は、よく知っているあなたに会うのですから、墨汁で真っ黒になった皮をかぶっているよりはと、皮をかぶらずにお目にかかったわけです」
私は納得したふりをしたが、動揺を隠すことができなかった。
次の日曜日、恐る恐る先生のお宅に出かけてみると、不在で、雨戸も閉まっていた。その後、何度寄ってみても誰もいる様子はなく、そのうちに家も取り壊されてしまった。
映画を観てきた。今人気の映画で館内はうまっていたが、一人冷めた目で眺めていた。
映画の中では人々の命が簡単に奪われていく姿が映し出されていた。以前に流行った歌の歌詞が頭に浮かんだ。死を演じる技術は発展を続けているが、それで何を訴えるのか。
その前に観た映画は小さな子供達が主人公だった。もう子供でしか理想郷を描くことはできないと、その作者は云いたげだった。
夏休み中、映画館に通うがなかなか面白い作品に巡り合うことができない。先日、それを友人ののぼるに相談してみた。彼は、
「松尾芭蕉の句が、全て秀逸という訳じゃないんだ。数多い作品の中の幾つかが優れている、ということなんだ」と云った。その通りだと思った。本物に巡り合えるのはいつの日か。
春先、大学を休学して東アジアを旅してきた。朝鮮半島から中国内陸まで行き、ミャンマー、タイ、ベトナム、台湾と回ってきた。世界の真実を求めた旅だった。
でも、このアジアのメディアには失望した。日本だけはと浅はかな期待と共に帰ってきたが、どこのテレビも新聞も皆同じだった。自国を美化し他国を忌嫌い、隣国を罵って自国を保とうとする。自国では自分達の食料さえも満足に得ることができないというのに。その一方で西洋列強が笑っている。モノマネ猿達が、ボス猿の地位を巡って騒いでいるぞと。外から見たら日本の景観も、隣国と変わりない。
これから、この世界の中で僕らはどこを目指し、何を表現するか。わからない。全てが虚無で覆われた映画の世界のようだ。
僕は空を見上げた。空だけが一人、今までの人間史を具に観てきたのかと呟いた。
……青年が見上げる遠い空の向こう、次元の異なった空間に部屋があった。その部屋の壁は無数のテレビモニターで埋め尽くされており、モニターの一つ一つに下界の人間達の様子が映し出されていた。
部屋の中央、肘掛椅子に腰掛けた白い服の男が、傍らに従える男に声を掛けた。
「この地域にはもう、興致な作品はないのかね」
「どれも陽の当て方次第でしょうか」
「また1世紀前のよう、圧迫ある空気で覆い、再び彼らに自発的な流れを促さなくてはならないのか。しかし、もう戦争モノには飽きてしまった」
白い服の男が嘆息をもらすと、モニターの前で画面を操作している男が威勢よく口を開いた。
「神様、なかなか玉質の作品が芽を出しそうです。主役となる彼の双眸から、盲点を刮いだ甲斐がありましたよ」
写真が雨のように降っている。
無数のカメラマン達。フラッシュ。
銀色の飛行機。
飛行機雲。
「開拓者精神とかなんとか言うがあたしらにはこの年になってもそれが意味するのは虐殺者、簒奪者、征服者でしかないんだよ。ずっとこの身から離れない。ずっと。あんたら日本人はそんな事無いのかい?」
「あるといえばあるし無いといえば無い」
ロボット達が対空ミサイルを打ち上げている。
昔の絵画を正確に精緻に再現しながら。昔の言語を文化を正確に精緻に再現しながら。
「良い子達だ」
女は呟く。
「なら妖精王に会いに行くといい」
アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン。
廃墟を超えブカレストに残された唯一の共産アパートの一室へ。
本がビルのように山積みになっている。
「今まで若者に読まれた全てのマルクスよ」
「そう」
「ええ」
「意外と少ない」
「そう?」
一冊手に取りページをめくる。
「こんな事書いてあったかな」
「さあ」
「レキシを変えるには三人の命が必要だそうです」
「多いね」
「ええ」
「少ないのか」
「とにかく三人です。それ以上多くても少なくても何も変わらない」
「エノラゲイに乗ったお前の父さんは凄く美しかったのよ」
病床で母はあたしの手を取りそう呟いた。
弟は「羊」を相手にトランプをしていた。六十連勝していて「羊」は六十連敗していて、どちらもうんざりしていた。
「また暴力と性と生と死か。最近こんな主題のものばかりだな」
「ああ」
「くだらねえな」
「ああ」
海岸線。二人組はデートを続けている。
「音楽何が好き?」
「あたしあまり音楽は」
「そう」
「うん」
「何か食べに行こうか」
「あたしあまり食事は」
「そう」
「うん」
博物資料館。
フラッシュ。
ぎこちないSEX、の絵画。
「帰る?」
「うん」
「帰らない?」
「うん」
フラッシュ。そして閃光。皆が振り返る。
スタートライン。誰もいなくて。
ゴール。何もなくて。
「皆が待っているね」
嘘が本当に嘘臭く響いて。
抱きしめていた。
「何を?」
カケラ。破片。
「何の?」
ベッド、飛び続ける、飛行機。雲。母。ママ。ママ。
フラッシュ。そして閃光。
八月の光。
様々な衣装。様々な嘘。様々な映画。
エンドロール。神にひざまづく。神に会いに行く。オープニングテーマ、燃え尽きて、子午線。弔い。写真が雨のように。飛行機、雲。カメラマン達。フラッシュ。歩き続けている。どこへ。カケラ。何の。
写真が雨に濡れている。