第71期 #5
八月二十一日、午後九時。今日も一日暑かったところに、急に涼しい風が吹き込んできた。また夜になってからの雷雨かと思った瞬間、停電したのか、部屋が真っ暗になった。数瞬後、目が慣れてきたのか、周囲が見えるようになってきた。違う、何かがほの明るかった。異変はそれだけではなかった。涼しいと思っていた風は、肌を刺すほどに冷たくなっていた。
憎い、憎い……、さらにどこからともなく声が近づいてきた。そしてそれに合わせるかのように、ほの明るい何かが人の形をとった。はっと気づいたときには遅かった。それは前髪に目が隠されていたのにもかかわらず、睨まれたかのようにそれに視線を絡め捕られてしまっていた。
奴らが憎い……、風に揺れながらも、それは次第に輪郭がはっきりしてきた。それに合わせるかのようにはっきり聞こえてきた声は、よく知るものではなかったが聞き覚えのあるものだった。
おれにこんな屈辱をくれた奴らが憎い……、聞いたことがあった。男のくせに女の服を着た奴の噂、痩せぎすで力も弱くてからかっても反撃の心配のない奴、そいつがパフスリーブの白いワンピースを着せられて、写真も出回ったという話。写真は見たことがなかったが、それの姿が聞いていたそれだった。ネックラインは黒いリボンで縁取りされた四角型、腰の高い位置を同じ黒いリボンで締めて、スカートはボリュームたっぷりのフレア。膨らんだ袖から伸びた骨張った腕や締めすぎた脇腹がまるで似合っていないという噂のとおりだった。
おれを笑ったお前が憎い……、確かに噂を聞いたときには笑ったが、こうして目の当たりにすると、それは決して笑えるものではなかった。薄ら寒い、とても見ていたいとは思えないものなのに、それから目をそらせることすらできなかった。もうやめろと言いたくても、凍えたように唇が動かなかった。それはただそこにいるだけなのにすべてを握っているようで、訳のわからない恐怖が急速に募った。
――!、叫びと同時にすべてが元に戻った。部屋は電灯に照らされ、蒸し暑さがまとわりついた。悪い夢の後のように、大息をつき、大汗をかいた。夢、これは夢だったのだろうか。わからない、こんなに鮮烈に思い出せるのに現実かどうかわからない。
翌日、登校日、そいつが自殺したことが全校集会で伝えられた。誰にも処分できなくなってしまった写真が持ち主を呪うという噂が立ち上ったのは、それからだった。