第70期 #7
近頃、隣家が騒がしい。
午前中の隣家の騒音は、休息の間さえ与えず、うるさかった。午前中いっぱいまで、主婦の笑い声が聞こえる。他人の話など聞かずに、雰囲気に合わせて頷き、自分の話す機会を覗っている。愚痴、世間話、無駄知識、タレント・・・。午前中の彼女達はどこまでも元気な喋り場を持っている。
五月。
蝉の喧騒には程遠い。窓から見える近くの道路。少し視界で追い続けると、曲がり角が見える。その角に立つ、縦長の鉄看板。黄色いヘルメットを被ったおじさんのイラストが施されている。下水道の整備の看板だった。午後からその作業が始まる。実在のヘルメット達が一斉に動き出す。隣家の騒音は、外のドリルで掻き消されていた。
午後に見える隣家の影は、主婦ではなかった。
それは大きな体格をした男性だった。隣家の夫は毎日のように午後帰宅するほど、夫は偉くなさそうだ。重役なんて、もっての他だ。とすれば、あの男性は誰だと言うことになる。次第に、わくわくしてきた。
まさか、密会か?
忌憚な性格なら、これ以上言及しないが、そんなことを考えるのが悦になっていた。きっと密会が発展した先に、不倫と言う、いかがわしい所に行き着くのだろう。妄想がまた、一つ膨らんでいく。
ふと、窓から手をはなす。
首を回し、顔を振った。昼食が無いことに気付き、カップヌードルを作り、食べた。昨日と同様、テーブルにカップヌードルの抜け殻を重ねて、再び窓に手をかけた。テーブルには十個単位でカップヌードルの抜け殻が並んでいた。
子供達が帰ってくると、大きな男性の影は消えてしまった。
子供の空腹の叫び。冷蔵庫を捜索する音がした。
黄色いヘルメットのおじさんたちはサボり癖があるらしく、四時と言えば作業をやめて帰ってしまう。
そのせいで工事は長引き、税金を長期的に消費することになる。一方で、隣家の迷惑な騒音は消滅する。両者の結果が中和して今日も工事に対する感情はなく、隣家を眺めていることができた。
夏が来て、静かなところに引っ越した。
騒音問題には到底懸け離れた場所だった。蝉の音も皆無だ。コンクリート壁や部屋が狭いなどの不満はあった。そして何より、窓が無かった。なんだか落ち着かなかった。
そして、いつまで経っても、自分がストーカーであることは自覚しなかった。