第70期 #21

イリュミナシヨン

 少女の胸がはりさけそうだった。
 わかいバンドが明日に草原のひろがる公園で野外音楽ライブを開催する。少女はそのうたを鑑賞しにいく。日付を黄色くリマークした予定。
 今日には兄の友人が亡くなった。明日に兄は葬列に参加する。少女は自分ひとりが晴れやかな気もちになろうというのをいぶかしくおもった。
「行くのやめる」と少女。
「ばかだな」と兄。
「なんでよ」
「お前は俺じゃない」
 桃栗八年離れた兄は少女にとっての人生のロールモデルだった。兄は新卒の就職で地方に一人暮らしをはじめて一年をすごしたのだがうちひしがれた英雄のように退職して実家にもどってきていっしょにくらしていた。
 白い五二五リットル冷蔵庫と淡茶色のカップボードのつくる台所の片隅でほそい指先に煙草をはさみながらたたずむ兄をみつめて少女はなぜ血でつながっている家族のかんがえていることさえこうもなにもなんのことかさえもわからないのだろうとおもった。ふしぎだ。少女は兄の退職理由も自分が兄とおなじ環境や感情でいられない事実がおとずれるのもなぜなのむしろふしぎでしかたなかった。わかれない自分なんてくだれないとおもう。剣でいさしつらぬかれるように嫌業をかんじた。
「お兄さんに迷惑かけないのよ」と少女の母。
「気にやむことないんだ」と少女の父。
「さあ出かけるわ」と少女の女性の友人。
 翌日に少女は公園に行くとちゅうでうまうまと段差のなにもないところでころびそうになった。朝に喪服を着た兄を玄関でみた。ひろい公園のなかのなだらかな岡をのぼりつめると最大音量が耳にとびこんできた。
 わかいバンドのおこなうライブは鑑賞する者たちをうねりころぎまわし五千人余の静止した死の世界からの御遣いたちがぶきみな歌声の空中で水ぶくれがおこさせながら旋律だけは絶佳めきそのように見えた。夜にいつまでもむくれただれた肌を世間にみせびらかしているような無防備な気分に少女はうすらこがされたようにすべてわすれたいとおもった。
「お兄ちゃん」
 家に帰った少女は手をふりながら兄の関心をひこうと躍起になって両親の寝室のウォークインクロゼットの奥をあさり桐箱におさめられた自分の臍の緒をさぐりあて掌のなかにしまいこんでいた。
「みて」
 兄は妹にしのびより妹の掌中の直方体の桐箱をあけて血縁のある日の亡骸をみるにおよびひからびた人魚の木乃伊をゆめみる。
「ごめんね」と少女は頭を猪口めかせかたむけた。


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