第70期 #16
公園につむじ風が、枯葉の群れを散らしながら吹き抜ける瞬間、目の前では一人の少年がぽつんとジャングルジムの上に乗っかりながら夕陽を眺めており、その静かな眼、無表情に朱色く照らされる顔貌、足と手でもってしっかりと固定された躯の全部、青色のペンキのところどころが剥がれ落ちて錆が明るみになった少年の身の丈の数倍はあろうかというジャングルジムの上に佇む小さな姿、住宅地に程近く隣接され白々しく等間隔に桜の木が植えられた公園の中他のたとえば買い物帰りの主婦や遊んでいる子どもたちも見当たらずたったひとりで虚空を見据えるその少年と無機質な全景に、霊感を受けたような気がして、想像さえつかぬ宇宙の果てから導かれたように錯覚をさえする記憶は、まだ幼かった頃少年と同様に、もっとも同じ公園であろう筈も無いが、ジャングルジムに登って雲の上には空がありその果てには宇宙がありまた果ての果てには何かより広大なものがあるのではないかと妄想をしていた己の姿を現出させ、急激に押し広げられる想像力が膨張していくのを感じながら見下ろす砂場に建設された不恰好な城や、敷き詰められて茶色く萎びた落ち葉の風によってそれぞれの表皮を擦れ合わせるかさかさという音、果ては己の手の届かぬ高さに翼を躍動させながら飛翔する鴉の影さえもが、まったく下らないものに思え、己の想像力はもっと高いところまで届くのだ、だからこそこれらのことを考える必要も無いのだと妄信していた記憶が鮮明に、あたかもそこに昔の自分が重なってでもいるかのように浮き上がって、図らずも高揚してしまった己の心中を察すると、記憶の糸がそこでぷっつり切れたように少年と重なった己の姿がぼやけていくのを認識し、とつぜん、少年が仮にジャングルジムから足を手を滑らせて落ちてしまったらどうするのだという恐怖が胸のうちに押し寄せ始め、地面にぶち当たり躯が躯としてそこにあって痛みにのた打ち回る己か少年かの姿が宇宙の果てへと続く想像力を断絶してしまうその状態が頭のうちに表象されて、もう既に分かちがたい同一のうちにあった少年と記憶とが、名状しがたい隔たりの中に落とし込まれるのを苦い確信をもって認識すると、眼前にはただジャングルジムの上でぼんやりと時を過ごす少年の姿しかなく、夕陽は全く変わらぬ高度を保っており、一瞬のつむじ風が行き過ぎてしまうと、私は目が渇いたのか、ゆっくりとまばたきをした。