第70期 #14

擬装☆少女 千字一時物語32

 七月十五日、午後八時。夏休みにもなっていないのに夏祭りとは早いと思うのだが、昔から決まっていることには何となく逆らえない。浴衣を着る慣習にも逆らえないが、好きだからそれは構わなかった。
 まだ熱帯夜の時期には早く、夜は適度に涼しかった。そういう時期なので、僕たちの間ではかき氷よりも焼きもろこしの方が売れ行きが良かった。その中で僕は、まだ口に入らないほど大きいリンゴ飴をぺろぺろと舌を出してなめていた。
「うわ、それマジ可愛い」
 横から急に黄色い声が飛んできて、思わず舌を引っ込めないまま目だけでそちらを見ると、それはもう一度繰り返された。
「お姉さんがもう一個リンゴ飴買ってあげるから、後で家に寄ってってよ」
「誰がお姉さんだ。同じ歳だろ」
「いやまあそれはともかく、本当にお願い、帰りに家に寄ってって」
 こうして一緒に遊んでいるように、それは珍しくもないことだった。だから僕は、何の気もなしに承諾した。思い返せば、小さくなった飴を咥えていたところに射的を一ゲーム奢ってもらったのは具合が良すぎた。
 何となく全員で彼女の家になだれこむと、買ったリンゴ飴をなぜかまだ自分で持っていた彼女がいきなり、僕の帯を替えようと言い出した。
「浴衣帯を文庫で結べば、超可愛いと思うんだけど」
 緊急動議は賛成多数で可決され、黒の絣の浴衣に合わせて白の浴衣帯が用意された。賛成多数なので抵抗はできなかった。その多数に身体を押さえつけられた上に、随分と伊達締めで締め上げられた。
「って言うか、同じ年なのに人の着付けができるってどういうこと?」
 と抗議ですらない驚きを口走っているうちに文庫は完成したらしく、約束のリンゴ飴が手渡された。素直にお礼を言うと、どっと歓声が沸き起こった。抗議すると、髪型が良いとか肌がきれいとか、口々に褒められた。褒め殺しだ。もう何も言えずに、動かしたくても動かせない口でリンゴ飴をなめると、また歓声が沸き起こった。元の帯は返してもらえず、着けた帯はあげるとまで言われて、僕はそのままの格好で家に帰された。
 祭りが終わった時間帯で多くの目についたはずなのに、驚いたことに誰も僕とは気づかなかったらしい。家に帰ると親にまで、どこのお嬢さんかと思ったと言われる始末だった。可愛いよりも格好良いと言われたいんだけど、と膨れて飴をなめたところがまた可愛かったと言われてしまっては、僕にもうできることはなかった。



Copyright © 2008 黒田皐月 / 編集: 短編