第70期 #11
昔見た風景を探しに島に来た。「来た」と言うと語弊があるかもしれない。遠いこの島に行こうと僕はいろいろ頑張ったのだが、失敗して死にかけた。気がつくと布団の中にいた。起きたかい、と知らないじいさんが言った。ここは何処、と尋ねるとじいさんは、島だ、と答えた。アンタは「百舌鳥の丘」に打ち上げられていたんだ、とじいさんは教えてくれた。僕は偶然島に上陸できたのだった。
じいさんとご飯を食べながら、島に来た理由を話した。じいさんは僕が探している場所は「禊の丘」かもしれないと言った。行きたいと言うと、じいさんは近所の少年を呼んで僕を案内するよう言いつけた。
少年が自転車を貸してくれた。だが彼は原付だった。ついて行くのが大変だった。なにせこの島は「〜の丘」がたくさんあって、坂ばかりなのだから。
間もなく夜だった。自転車をこぎながら右手を見ると、僕が打ち上げられた丘が見えた。丘の上に誰かが立っていた。その奥は海と沈む太陽。太陽のすぐ上はもう夜だった。この島には夕焼けがないらしい。左手には道の端に年寄りが列を成して座っていた。よく見ると彼らは島のミニチュア模型を作っていた。この島の主要な産業なのだと、少年が教えてくれた。
しばらく行くと島の中心地に出た。もう夜だったが繁華街は賑やかで、街中にアークティックモンキーズの曲が流れていた。懐かしいね、と少年が言った。古いバンドでもあるまいと思ったが僕も懐かしさを感じた。少年の横顔を見ると、僕の父に似ていた。
「禊の丘」はまだ先なのでコンビニで休憩することにした。飲み物を買う前に雑誌を立ち読みしていると、「島にありがちな怖い話」という本があった。読むとこう書いてあった。
「マグダの丘」近くで霧の出ている時に車を運転していると、飛び出してきたカップルや老婆をはねてしまう。しまったと思って車を止めて見ると、向こうにはねとばされたカップルや老婆は、ゆっくり立ち上がって平気で歩いていってしまう。よく聞く話だ。
「禊の丘」に向かうには「マグダの丘」を通るのだと少年が言った。ぞっとした。
思えば昔見た風景というのも漠然としていて、何故僕はわざわざ死にかけてまで島に来たのかわからなかった。そもそもそんな景色を見たのかも定かではなかった。となると残るのは「マグダの丘」でカップルや老婆を見るかもしれない怖さだけだった。
行こうか、と少年が言った。嫌だなと思った。