第7期 #7
僕はお尻と携帯を持ってうちを出た。月も星も見える穏やかな夜だ。外に出てしまってから僕はこの役を引き受けた事を少し後悔した。
こたつでテレビを観ていた姉ちゃんが、突然思い立ちベランダに歩み寄ると、血相変えて台所へ駆け込んだ。
「父さんのと一緒に私の下着を洗わないでって言ったじゃない」
母ちゃんは姉ちゃんのあまりの剣幕に、ごめんねごめんねと平謝りをしている。以前にその申し出を諒解していながら、うっかり一緒に洗ってしまったのだ。約束を忘れた母ちゃんも悪いが姉ちゃんも悪い。あんな言い方をされたら父ちゃんがばい菌みたいで可哀想だ。
僕が同情の念を込めて隣を見ると、父ちゃんは漫才を観ながら鼻毛を抜き、涙を浮かべ笑っていた。僕はそんな父ちゃんに似ているらしい。
いつか僕が居眠りをしてしまった時、母ちゃんと姉ちゃんの大笑いで目が覚めた。二人の視線を追い首を捻ると、父ちゃんがお腹を半分出して、僕と同じ非常口のイラストの格好をして寝ていた。
父ちゃんは上司にへつらい部下に威張って、休日はごろ寝とパチンコだ。こんな人生は堕落だと思う。でもそんな調子でも会社もクビにならず、母ちゃんも結構美人だったりするから、僕はつい堕落に惹かれるのだ。
お風呂に向かう姉ちゃんが、鼻をほじっている父ちゃんの脇を通る時、「不潔っ」て呟いたから僕は思わず言ってしまったんだ。
「不潔なお尻と一緒にお風呂に入るの?」
姉ちゃんはキッと僕を睨み、だるま落としみたいにスコンとお尻を外してこたつの上に置き、さっさとお風呂に入ってしまった。
残された僕と父ちゃんは、お尻を真ん中にして顔を見合わせた。
しばらく腕組みをしていた父ちゃんは、おもむろに箸を手にするとお尻をつついた。とたんにお風呂から「きゃっ」
僕も真似してつつけば「きゃっ」
面白くなり二人でつついて遊んでいたが、やがて飽きた。
父ちゃんが僕を見て言った。
「お前、それ持って外へ出ろ」
反応がなくなる距離を確かめようと言うのだ。少し迷ったけれど引き受けた。
ぼくはお尻を小脇に抱え外に出ると、一番近い辻でつつき、ポケットから取り出した携帯で父ちゃんに連絡する。
「いまどこだ」に、すぐそこと答えると、父ちゃんはもっと離れてみろと言った。どうやらまだ反応はあるようだ。
その後少しずつ離れてみるものの反応はなくならず、僕はお尻と共に延々と夜の街をうろつく羽目になったのだ。