第7期 #3
微熱があるらしい。軽い頭痛を感じながら部屋を出た。夕方から片付けなければならない仕事があったので、いつまでもベッドの中というわけにはいかない。時間を決めずに眠れるのは、私のような自由業で生きている者の気楽さともいえるが、恐ろしく不健全なことでもある。
体調を崩すとすぐに頭痛に襲われるのは、眠り方に原因があるのだとある友人はうるさくいうのだが、今度はどうも流行の風邪にやられたらしい。一階の入り口まで降りてきたところで、我慢できないほどの悪寒が背筋を走った。
ふと、一枚ガラスの自動ドアの外側に、ひとりの小さな少女が立ち止まっているのが見えた。長い髪が木枯らしに煽られて、ひどく寒々しい。夕日の逆光を浴び、顔や姿ははっきり見えないのだが、少女の陰は地団太を踏むような仕草をしている。おそらく体の重さに自動ドアが反応しないのだろう。
早く入れてやらなければと思って、そのドアに近づいたとき、傍の管理室からいつもの老人が出てきた。慌てたように、ちょっと待ちなさい、という。
「可哀想に、体重が軽すぎてドアが開かないのでしょう」
と私は説明した。しかし、彼はかまわず私を押し戻そうとした。
「今はドアを開けてはいけません」
「でも、バスの時間もあるし……」
もとは教員で、大病のせいで校長職につくこともなく定年を迎えたと聞いたことがある。公務員独特の融通の利かなさが、管理人の仕事にはあっているのかもしれない。私が前に出るのを頑なに阻み続けながら、
「何年か前にこのマンションから連れ出されて行方不明になった女の子に似ています」
と奇妙なことを言い出した。
「もう四日目になりますが、今さら帰ってきても、両親は他所に引っ越しているのですよ。しばらく待てば、あきらめてどこかへ行ってしまうでしょう」
「そんな馬鹿な、まだ小さな子供じゃないですか」
老人の言葉の理不尽さに、私は思わず大きな声を出していた。外はどんどん暗くなっていくし、寒くもなる。とりあえず中に入れてやればいいではないか。
私が苛立っているのに困り果てたのか、相手は顔をゆがめて泣きそうな声をだした。
「もし中へ入ってきて、ここに居付いたら面倒なことになります」
「どういうことですか」
「あの子には体重がないんですよ。だから自動ドアが開かないんです……」
重苦しい静寂がふたりを包んでいる。
ひどい悪寒が相変わらず続いて、頭痛はさらに激しくなってきた。