第7期 #13
四年前に妻を亡くして以来私は暗い部屋に閉じ篭っていた。そこは柔らかでとても落ち着く場所だった。不意にドアが開いて一条の光に一瞬眩しくて目が眩んだ。そこに顔を覗かせたのが彼女――名前を愛と言う。私は三十四歳で彼女の三十歳の誕生日を共に過ごした。ぼくたち同じ三十代だねと言うと愛は薄く笑った。けれども私はまだ彼女の唇ひとつ奪えないでいた。
「あなたって、優しい人ねえ」
愛が感じ入ったようにそう言う度、私の劣情はすっと萎えてしまうのだった。愛は亡妻の話を聞きたがった。私も妻の話をすると少し心が楽になる感じがあった。
「癌で、助からないとわかった後も、ぼくが強く延命治療を望んだ。そのために苦しみが長引いた。妻は苦しんで、苦しんで、死んだ」
「奥さんを愛してたのね。今も」
頷くと愛は私を抱きしめた。私は彼女の肩に頬を押し付けて泣いた。
愛との初めてのデートの帰り、私は強引に彼女にキスしようとした。愛は涙を浮かべて、
「奥さんのこと、忘れないで上げてください」と言った。
それ以来私たちの間には何も起こらなくなった。まるで親友のように長電話をし、好きな小説を貸し借りし、ドライブして、夜の海を見たりした。
ある朝、私はいつものように車で出勤したのだが、その後記憶が途絶えた。いつのまにか、私は明るい部屋にいた。体に触れるどこもかしこもが柔らかだった。ふと妻のいることに気付いた。妻はゆっくりと服を脱いでいった。そして白い場所に横たわった。
至福の時間が訪れた。
ちょっと違うなと感じたのは、それがいつまでも続くことだった。頂上ではなくて高原のようだった。妻を見ると笑っていた。
誰かに腕を掴まれた気がして、私は不意に目を覚ました。私は病室のベッドに寝ていた。傍らで愛が手を握ってくれていた。後ろで看護婦が叫んだ。
「あなた、まるまる三日間意識がなかったんですよ。交通事故に遭ってねえ。それをこの人が手を握った途端目を覚ましたんですよ」
看護婦は担当医を呼んでくると言って出ていった。愛は私がすでに精密検査を受けて脳に損傷がないこと、体の傷も完治することを話してくれた。
「妻に、会ったよ」
愛は静かに頷いた。私は理解した。この世に愛なかりせば、私は妻の元へ行くだろう。
リハビリに長く時間が掛かって、愛は毎日のように面会に来てくれた。ある日、
「奥さんはなんて?」と愛が聞いた。
私は軽く首を振って彼女に口付けた。