第69期 #8

ROLLは何処へ消えた?

 鼻から重力が垂れていた。慌ててチリ紙で拭き取ってゴミ箱に投げ捨てると、ゴミ箱に吸い取られるように綿埃が舞った。このまま放置するとブラックホールが出来てしまうので、世話人を呼んで処理してもらおう。

 奇病『Like A Rock'n Roll』

 学者の癖になかなか洒落の分かる奴が居たので無理を言って学名にしてもらった。この病気(といえるかどうかも分からないが)を発症してから、僕以外の全てのものが、僕の汗や鼻水、小便といった体液に飛びついてくる。ギターヒーローに群がるバンギャみたいに。
 おかげで僕は実験映画でもなかなか出てこないようなシンプルな部屋に住んでいる。排泄物や、ゴミを入れるためのゴミ箱。宇宙飛行士が使うようなベルト付きのベッド。後は壁に埋め込まれたテレビと、最新電子錠でロックされた扉、だけの部屋。監視カメラでもしかけてるのかと思ったが世話人に聞いたところそれは無いらしい。試しに世話人(女)を口説いてSEXしてみたが、特に止められることも無かった。
 唾液がつかないようにキスはもちろん禁止。汗を掻かないようにタオルケットの上でゆっくりと楽しんだ。世話人が用意周到にコンドームを持っていたから全部実験の内だったのかも。
 そう思ったら、急に意地悪な心がムクムクと膨れあがった。
 どうせゴムに吐き出されたものも検査に回してるんだろう。
 抜き取るとき、こっそり腹の中に零したのは気づかれたかな?

 呼んだはずの世話人はまだ来ない。部屋全体がメキメキと軋む。
 電子錠がデタラメに叫んでUNLOCK。ひしゃげるように部屋が変形して、僕はそのまま外に放り出された。

 Like A Rock'NRoll
 Like A Rolling Stones

 世界中の人が、物が、一定の方向へ転がっていく。
 この世界で立ち上がれるのは、もはや僕だけなのだ。
 夜空の星々はあっという間に流れてしまい、月はゾクゾクと大きくなる。この世の終わりだ、とラジオが叫びため息のようにノイズを吐く。

 Like A Rock'NRoll?



Copyright © 2008 影山影司 / 編集: 短編