第69期 #7
六月二十三日、午後四時。今日もだらだらと降り続ける雨に、僕は苛立っていた。
「もう。毎日毎日雨ばっかで、せっかく可愛い服着てもそれだけじゃない」
「梅雨だからね。夏に水不足になられても困るからね」
苛立つ僕を目の前に、光恵はまるで動じずに間延びした返事をした。この女はそのくらいで動じたりはしない。そうでもなければ、僕に女装をさせるなどという変態趣味は、たとえあっても実行はできなかっただろう。僕が知っている光恵の驚いたたったひとつのことは、こうして僕が乗り気になったことである。
別にそれが見たくてこうして光恵に付き合っているわけではない。純粋に面白いと思ったからである。周りの反応が面白かったことが、もっと面白かった。みんな一様に驚いて、それから毒気を抜かれた笑いをする。そのコーディネーターが光恵であり、これがまた熱心で、一週間と呼び出されない日はない。
しかし今日も外は雨。コーディネートしたところで、そのウケ具合を見る機会はない。この呼び出しを無駄だと思っているのではない。一日も早くウケるかどうか試してみたいだけだ。そのためには、この雨が邪魔だった。
「傘も可愛いんだけどさ、見るのは良いけど濡れる方は辛いんだよね」
光恵に止められながらも、僕は一度それを敢行していた。しかしもう二度とやりたくはない。
「そうでしょ。そうなると他には……」
語尾を伸ばしながら考えていると思いきや、突如光恵はクローゼットを漁りだした。
「あまりお勧めできないけど、こんなのどう?」
レインコートにデザイン性があることなど、初めて知った。丸い襟とポケットに施された花柄のテープと同じ柄のくるみボタン。シンプルさの中に、可愛さがある。僕は喜んでそれを着て、やはり花柄の傘を差して外へと出て行った。
夕方、意外の感に打たれて戻った僕を、光恵はわかっていたかのように迎えた。
「そこまで本気だったんだ、って言われた」
雨合羽など本来は面倒なものだ。雨に濡れさえしなければ良いところをわざわざ女の子らしさを追求したことに改めて驚いたのだと、言われたのだった。
「だってそうなんでしょ。それとも、自分で気づいてなかった?」
そんなつもりじゃなくて、と口ごもった僕に、光恵はさらにぴしゃりと宣告した。
「でももう後には退けないよね。変態サン」
そう言われて、この不評を絶対取り返してやる、と思った僕は、やっぱり変態なのかもしれない。