第69期 #15
ジャスコへ直進40km。
こういう看板が実在することはネタとして知っていたけれど、いざ目の当たりにすると有無を言わさぬ迫力を感じる。広域農道、直線道路、車は一台も見当たらない。北国の六月の朝は早い。遠方はもやがかかっている。
照明のついた看板の下で空が屈伸運動をしている。長い髪は後ろで一つにまとめられていて、体の動きにあわせて揺れている。私はビデオカメラを助手席に固定していたのだが、手を止めて彼女の様子を見た。いわゆるジャージでも着る人によってカッコよさが全然違うということを改めて認識する。よかった、私はジャージを着てこなくて。
「ねえ、だいじょうぶ?」
私は窓から身を乗り出して尋ねてみた。何が、というわけではなかった。ただ空を呼びとめたかった。
「靴は問題ないよ。そっちのカメラと車はどう?」
空に問い返された。そういえば東京でリハーサルをした時は原付を使っていて、私は走っている空を撮るのに夢中になり事故りそうになったのだった。今日はあの時よりも数倍の速度を出す予定で、ソフトもメカも最新のバージョンだから、実際のところ心配し出したらきりがない。
「動くかなあ?」
漠然とした不安が私の口からこぼれ出た。
「動くって。応答速度はMEMSによる微細化で改善する方向だからOK。DSPのパフォーマンス向上も効いているし。耐久性は私の体重ぐらいだったら差し支えないかと」
「安全性は?」
あえて体重のところにツッコミを入れずに問う。ていうか、説明された内容ぐらい熟知している。なにしろ私の修士論文のテーマなのだ。
「なんだか学会で質問されているみたい」
空は笑って私をはぐらかした。
空はフロントガラスの向こうで手首と足首を回している。やがて手でこちらに合図を送る。私は録画を開始する。空は振り向かないまま走り出す。ハンドブレーキをはずしアクセルを踏む。空の姿はすごい勢いで小さくなっていく。スピードの秘密は靴にあって、でも靴の外見は普通のものと変わらないから、何も知らない人が見たら空の走りに仰天するはずだ。車を加速させる。40kmの看板が後ろに流れていく。空の笑顔が思い浮かんだ。続けて不穏な想像がするりと頭の中に忍び込んできたので、一生懸命消そうとする。
さっきよりも明るくなってきた。はっきりしてきた緑、その中を空が駆けていく。30kmの看板まで設計上はあと三分少々。祈るように私は運転を続ける。