第69期 #11

小人レシピ

一人暮らしを始めた。
実家から職場まで1時間という距離に、ほとほと嫌気がさしたのだ。気軽に女の子を部屋に呼べないのも、この部屋に移り住んだ理由の一つだった。
住み慣れてくるとやはり、なかなか快適だ。
しかし、一つだけ気になることがあった。
押入れの下の段の、左隅。そこに、小さな家があるのだ。
この部屋に住み始めて一週間ほどたったころ、実家から運んできた衣装ケースを押し入れにしまおうとした時に、初めてその家の存在に気付いた。暗がりの中、その家を覗き込んでみると、珍しいことに、小人が住んでいるようだった。
奇妙な状況に戸惑いはしたが、今更この快適な部屋を手放す気にはなれず、結局、小人との同居生活を送ることにした。

小人は2人暮らしらしく、部屋でゆっくりしていると、彼らの小さな話し声が聞こえてきた。あの小さな家の外で話していると、なおさら聞き取りやすく、注意して聞いてしまうのだった。
「今日は、何が食べたい?」低い声が言う。
「いちごのジャムがいい」もう一人は対して甲高いキーキー声で答えた。
「じゃ、上の部屋へ行こう」
そんな会話がよく聞き取れた。彼らはどうやらこのアパートの住人の部屋から食料を調達しているようだった。おそらく屋根裏などをつたって移動しているのだろうと、勝手に想像した。
彼らは人間に姿を見られたくないようだった。だからこちらも、なるべく彼らに干渉しなように努めた。

そうして1カ月が過ぎ、2か月が過ぎ、蚊が飛び始めるうっとおしい季節になった。寝ている間に足の親指がかじられたようになっていることもあった。ドアの立て付けが悪く、小さな虫なら入ってきてしまうようだった。
もう半年もしたら新しい部屋を探そうと思っていたとき、久しぶりに小人たちの会話が聞こえた。なぜか好奇心にかられ、押し入れを覗き込んでみた。彼らはまた、食事の話をしていた。
「今日は何が食べたい?」また低い声が聞いていた。
「シチューが食べたい」甲高いキーキー声が答えた。くすんだ緑のつなぎのような服を着ていた。
「じゃ、野菜とミルクは上の部屋で」低い声の主は立派なワシ鼻を持っていた。
「肉は?」キーキー声が聞いた。
不意に、ワシ鼻の小人が、こちらを見たような気がしたが、暗くてよく分からなかった。耳をすませる。
低い声が答えた。
「すぐそこにいるから、また寝てる間にでも」
ワシ鼻の彼と、つま先で視線が交差していた。



Copyright © 2008 柊葉一 / 編集: 短編