第68期 #2

春に、長い髪の彼女を思う

日曜、朝五時の街はしんとしていて、僕は奇妙な乖離の感覚を覚える。僕は東に歩き、影は西に歩く。平衡感覚を失いつつも、世界は綺麗にまとまりを保ち続ける。やがて僕の前方にあるアパートメントの谷間から朝日が昇る。それは何とも形容しがたい気分だ。ビートルズはハニー・ドントを甘く響かせ、春先の無垢なる小鳥たちは美しく嘆く。空は青さを取り戻し、今日も一日が始まる。僕はベンチで地球の形状的な不完全性について思った。



「夏にはデンマークに留学するの」と彼女は言った。僕の好きになる人はすぐにどこかに行ってしまう。これはもう一般常識であるようだった。お隣の犬も、近所の小学生も、みんな僕の好きな人が消えてしまうことをルールとして知っているように感じた。

中学一年生のときの彼女も、三年生のときの彼女も、結局は僕をある種の段階として通り過ぎ、そしてすぐに霧の向こうにいなくなってしまった。それは決して予測できることではなかった。灰色の線が直角に曲がって僕らの道を引き裂き、そして二人を穴に突き落とした。二つの経験は僕にとって、何よりも大きな絶望だった。輪郭のない暗黒だった。

そして、彼女は何も分からぬままデンマークへ渡ってしまうのだ。デンマーク?それは僕に月の裏側を思わせた。いくら漕いでも辿りつかない、そんなところに彼女は行ってしまうのだ。

彼女の長い髪をもう見ることはできないのだ。そう考えると僕は酷く胸がこわばっているのを感じた。体中の水分がなくなってしまいそうな苦しみだった。またしても僕の愛した人間は横を通り過ぎてゆくのだ。それはある意味では宿命なのかもしれない。あるいは誰だって結局はそういったものなのだろうか?



考えていると、太陽は完全に朝の上昇を終えた。僕は進まなくちゃいけないのだ。それは一般論である。しかし一般論は果たして誤っているのだろうか?僕は進まなくちゃいけない。それは後ろ向きに歩こうがスイカの種を飲み込もうが変わりようのない伝統的な事実だった。社会科の教師が言うように、涙を飲まねばならないときがある。

僕はベンチを立ち上がった。全てはそれなりの形状を取り戻すのだ。もともとガスの集合だった地球も、確かに不完全ではあるが一応の楕円形を保っている。これは奇跡でありながら当然のことなのだ。全ては丸く収まる。そんな風に世界は成立している。

どこかで猫が鳴き、どこかの川のせせらぎが聞こえた。僕は歩く。



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