第68期 #18

イマジナシオン

「オーストラリア」
「モルジブ」
「イタリア」
「遺跡も素敵」
「バチカン市国」
「ニュージーランド」
「いいね、キウイだ」
「カカポもいる」
「韓国」
「ペ・ヨンジュン……」
 私たちはコタツの中にもぐり込み、お金もないのに、行きたい国について語り合う。会話と温度の心地よさに、少しずつ意識が遠のいてくる。うとうとと。
「いつか、世界一周したいなあ……」
 本当は彼と一緒ならこのコタツの中でもいいんだけど。
「一人で寝るなよ」
 彼はそう言って、私の足を引っ張る。
「ん……、寝てないよう」
「コタツは駄目だな。人を堕落させる。おい、起きろ」
 最初、彼は悪戯っぽく足をぺちぺちと叩いたり、くすぐったりしていたのに、そのうち、彼の触り方がいやらしくなってきた。そして、暫く間があったあと、柔らかくて温かいものが私の足の指を包み込んでくすぐった。こんなちっぽけな足の指でさえも、彼の舌の柔らかい感触や温度を感じ取る。気持ち良さと同時にそんなことを考えた。
「ねえ、今度の休みにはニュージーランドに行ってみようか」


 あの時、確か彼は「うん」と言ってくれた筈だ。しかし、私がニュージーランドに行くことはなかった。
 ギリシャ、トルコ、ノルウェー……、あなたを忘れるには、きっと、どこに行っても……。
 彼のことをうだうだ考えて、こうやってうとうとして……。そんなことを繰り返して私はまったく進歩しない。コタツにうずくまる。
 こんなはずじゃなかったのになあ。

 その時、コタツの上でケイタイのバイブが鳴った。私はその音に吃驚して跳ね起きる。その瞬間、コタツ台に思いっきり脚をぶつけて、コタツ台が少し浮き上がった。
「うう……」
 思わず声をあげた私は一枚の紙切れを目にした。
『コタツの正体、それは日本人を堕落させる某国の兵器だった』
 彼の字でこんな言葉が書かれていた。その横には、私がコタツにもぐり込んでいる様子が、ふさげたイラストで書かれている。
 この紙切れ、多分、コタツ台とコタツ布団の間から出てきたのかな……。今頃、こんなメモ見ても……。
 私は、ふうっと息を吐いた。そして、もぞもぞとコタツから這い出て、窓を開ける。青い空がすっきりしている。
「コタツ布団干して、もうしまおうかなあ」

 目の前には、夏が始まっている。



Copyright © 2008 崎村 / 編集: 短編