第68期 #12

とあるひととき。

「冗ッ談じゃありませんわ!」
 叫ぶように言った撫子の前には、数十枚の写真がずらりと並んでいた。
「何が悲しくて私がお見合いなんぞしなくてはなりませんの!?」
「まあ撫子、落ち着きなさい」
 宥める父・良哉の言葉も撫子の耳には入らない。相当頭に血が上っているのだろう。
「落ち着いていられるものではありませんわ! お父様、私が今何歳かお分かりになって?」
「十八だねぇ」
 のほほんと答えるその素振りがさらに撫子の怒りを煽る。もはや撫子の心理状態はヒステリーと化していた。
 きいぃ! と吸血鬼ならではの犬歯をむき出しにしながら、先祖返りの撫子は良哉にむかってわめき散らすこと数時間。
 事の次第を始終見ていた凛香は、ひとつため息をついて、ぽつりと呟くように言った。
「撫子、ここはひとつ、してみたらどう? お見合い。良哉だって一大会社の社長よ? 撫子は一人娘なのだし、跡継ぎのためにそろそろ許婚ぐらい決めておかないと」
「跡継ぎって……。私人間とは子供を造れませんのよ?」
 吸血鬼の先祖がえりである撫子は一種の妖魔なわけだから、一般の人間との間には子供が造れないのだ。
「その辺は大丈夫。撫子が結婚したら、その間に養子を取ればいいだろう?」
 のほほんと良哉が言った。
「じゃあお父様が養子を取ればいいのではなくって?」
「だって子供を造るのなら一人だけにしようって、母さんと決めたからなあ」
 良哉の妻であり撫子の母でもある桜子は、遅くに生まれた待望の一人娘が吸血鬼の先祖がえりだと知ったとき、半狂乱になったという。
「それとも、撫子には好きな人でもいるのかい?」
 撫子は即答した。
「おりませんわ」
「そうよね。撫子は昔から理想が普通の人より高かったから」
 凛香も頷く。
「じゃあ、問題ないじゃないか」
 ぽん、と良哉は笑顔で手を打った。
「さあ、誰でもいいから撫子の理想に少しでも近い男性を選んで。そうしたら早速お見合いの準備を……」
「お父様、ひとつ言ってよろしくて?」
「ん? なんだい?」
「私これでも吸血鬼ですの。妖魔ですのよ? 短命な人間との結婚なんてまっぴらごめんですわ」
 まとめた写真を良哉につき返し、撫子は玄関へと歩き出した。
「撫子、どこへ行く気だい?」
「久己のところにでも行ってきますわ。ストレス発散に」
 言って、撫子は一瞬で姿を消した。流石吸血鬼ならではの瞬発力だなぁ、と、良哉はのほほんとお茶をすすった。



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