第67期 #8

二泊三日、つまらないはなし

今、頭にあるのは日常とは尊いものであり、混沌としているように見えて実は全てが一つの結末のみのために用意されたものであるという事を僕に示した指標のようなものだ。
苦しみの中にいる僕にとって稀に見る真っ紅な悪夢の世界こそが癒しである。その苦しみの原因は僕に光をくれた女性の存在だ。謎めいた彼女の存在が僕を悩ませ苦しめる。せめて彼女の存在にも意味があるのならば僕は救われるのかもしれない。

 斉藤恭子が僕の前に現れたのは今年の冬。滅多に振らない雪が降り、交通は麻痺したし、僕の車はチェーンを巻いたところで全くだめ。留守番電話に今夜は家に帰れないとメッセージを入れ、ふと近くを通りがかったレインコートの女を
呼び止める、あの。これが彼女との最初の出会いで、その後彼女と出会ったことで僕にとって初めてのある体験があった、それは言い換えるなら小さな幸せ。
時の流れは早く、それから何年の月日が経ったというのだろうか。覗いてみてもたいした輝きは何もない。なのに、その歳月はひたすらに暖かくて、嬉しくて、ひたすら幸せへ向かって上へ上へ。
いまになって思うとずっと昂揚し続ける僕たちの幸せは所詮は紛い物で、決して永遠ではなかったよ。
あれはきっと一夜の夢の如き幻で、僕たちはただそれに魅了されて騙されて、あたかも火へ舞い込む羽虫のように、そこが明るければ明るいほど自らをより傷つける、ただそれだけの物だったのだろう。
彼女は僕の元を去り、僕は光を失って、苦しみ続けた、唯一僕を癒してくれるのは明るい過去。
いま君の元へ行くよ、とここ何日も言い続けているが叶わない、そして今日こそ……

 なぜ、そんな僕の願いはいつまで経っても叶わないのだろうか、もう限界だよ。その願いの儀式のたびに増える手首の傷跡はいつまで増え続けるのだろう。
花を一輪彼女の写真の前に立てて、涙を流し。あの日の面影を思い出して涙が枯れていく、ただもう一度彼女に会いたい。
何度願っても僕の願いは一度も叶わないや。ただ、そのたびに心が痛み出す。
可笑しなほどに涙が流れ、きっといつかこの涙が一滴も流れなくなるまでこの苦しみは続くのだ。
本当を言うと彼女とであった事を怨んだこともある、でもそろそろ。
海の近くの町へ数日前から出かけていた彼女が帰ってくる頃だろう。



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