第67期 #5
米ソ大戦の中、アメリカ軍に徴兵された日本人でマグナムと呼ばれる男がいた。
白人が揃うアメリカ軍の中、背丈は目立たないが陽に焼けた銅版の皮膚を持つ男。傘下国日本の公募兵のため階級はないが、鼻の高いアメリカ軍人達の中でも寡黙で近寄りがたい空気を彼は持っていた。
入隊当時、新参の彼の態度が気に入らなかった白人兵が、椅子に脚を組んで腰掛けている彼の前で腰を折り
「Hey! Do you forget glasses in your cage? Jap's monkey!」と、彼の顔に向かって口角の泡を弾かせながら言った。
次の瞬間、組んでいた彼の右足は白人兵の脚を払い上げ、ブーツの盤面でその股を蹴り上げた。白人兵の体は宙に跳ね上がり音を立てて崩れ落ちた。意識の飛んだ男は白目をむき、目と口から泡の含んだものを出して痙攣していた。
陰のある空気に輪をかけて、第二次大戦前に無能な上官の頚動脈を彼のナイフで断ち、四年間の懲役を受けていたという噂が立った。それには大戦後アメリカに頭の上がらない官僚によって執拗な拷問を受け続けてきたという話も付いていた。実際の懲役は七年とも十年とも噂された。いつしか周りの男達は彼のことをマグナムと言うようになった。
「ソベルじゃ駄目だ。今日の行軍で分かっただろ? あいつの指示に従っていたら今度は全員スターリンの胃の中に連れてかれるね!」
「地図の読み違え、これで何度目だ? 誰かあいつの頭に風見鶏を乗せてやることだな」
「間抜けなオツムだ」
「隠れた土塀からその風見鶏だけが見えたりしてな」
「『マヌケハココデス!』あいつが真っ先に撃たれるからいいだろ?」
「しかしどうすればソベルを辞めさせることができる?」
「告訴状だと署名が必要になる」
「お前が殺れよ」
「次のペテルブルグ進軍中、迷子のあいつを全員で蜂の巣にすれば敵味方の誰がやったか分からない」
「後任がウィンターズだと確信できるなら俺はそれを支持するね」
上層部に対する内部告訴。それはどのような結果になろうとも反乱分子として見られ左遷は避けられない。今よりも戦況の荒い過酷な戦場に送られることもある。
部屋の隅で男達の会話を静かに聞いていた男が立ち上がった。壁から伸びる影の中、男の手の中で開閉を繰り返すバタフライナイフがギラついた。
「俺がやってやるよ」
マグナム(Magnum)
それは他の実包と比較して、装薬量を多く装填した質の高い銃弾。