第67期 #25

櫛にながるる

 ちいさな頃から彼は我侭だった。彼は彼の母親にマント作成を命令。日々ごっこ遊びをたのしんだ。
「おまえバイキンマン」
 わるもの。
 私はせめてドキンちゃんに譲歩をと嘆願。彼は即時却下。私は逃げる。逃げられぬよう彼は私の三つ編みをつかむ。正義のもと彼は寸止アンパンチで私を粉砕。
 それでも彼の相手を私は務めつづけた。

「またアイス?」私は彼に言う。
「ああ」
「寒くない?」
「寒くない」
 小学五年生で親交は断絶させた。「ネットで陰口」への配慮。冬の日。高校受験の為に通う進学塾で再会した。
 時間が合えば二人一緒で電車で塾から帰宅する程度の温度。彼は度々駅のホームに設置されたグリコ「セブンティーンアイス」自販機を利用する。
 二一時の夜の闇と冷気の中で彼は青いチョコミントにかじりつく。奇妙に無愛想な顔。
 彼は私の右斜後五五度付近を歩いている。かつて彼はこの角度から逃走する私の三つ編みを狙った。いまも私は三つ編みだ。くびすじ、緊張。鉈でくびを斬りおとされそうな予感。
 三日前。私は塾で別の学校の女から彼についての尋問を受けた。たぶん私への牽制。ならびに私の適正価格調査。
「告白された」彼が言う。
「そう」

 ジャイアン効果という現象がある。素行不良の人間が不意にやさしく振る舞うと特段に魅力的だと周囲に誤解される。
 子供時代にも私がいやだと泣けば彼は役を交代した。動揺もしたがうれしかった。だから悪役も我慢してあげられた。
 彼は説明してくれる。
 女はバレーボール部で。一年前に校外交流戦で知りあって。塾でひさしぶりに会って。気が合って。昨日呼びとめられて。でも返答は悩んでいて。
 彼はその女に普段の彼らしくなさを披露したんだろうか。どうだっていいか。だがはじめて会ったときからあれを知っていたならば、どれだけ女は再会をいとおしく思ったろう。
「受験があるしな」彼はつぶやく。
 私のコートのポケットに彼の手が伸びてきた。手中には食べ終えてまるめられたアイスの包装紙。彼はきまぐれに悪戯を。
 あいにく私は屑籠ではない。迎撃。肘で、彼の前腕を。

 女性がうつくしくあろうとするのは生まれた時からだそうだ。
 翌日。私は三つ編みをほどいて塾に行った。
「髪きれいだ」称讃に躊躇ないのは彼の美点。
「ありがとう」
 私は私の黒い髪をひと房つまむ。彼を将来の不倫相手くらいにはしてやってもいいと思う。そして彼に例の女と交際すればと進言した。



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