第67期 #24

擬装☆少女 千字一時物語26

 四月二十五日、午後四時。名門K高演劇部の入部試験が、講堂を借り切って開始される。入部希望者は一人ずつ壇上に立ち、課題の演技を披露する。そこには審査をする演劇部員だけでなく、多くの観衆が集まっている。それほど人を呼ぶこの試験の課題とは。

「なあ。お前ってさ、演技好きなのか?」
 そう訊かれたのは、志望校をK高と決めたときだった。訊かれたことの意味はわからなかったが、僕はひとつ頷いた。
「そっか。ならアレもわかるな」
「どういうこと?」
 アレと言った声に反応を返したのはどれくらいぶりだろうか。それは、アレと言った語気に軽蔑を感じなかったのはどれくらいぶりだろうか、という問いと同義だった。
「知らないのか?」
 またひとつ頷くと、そっか、とだけ言われて話は途切れてしまった。そんな自分が嫌で真逆になってみたいからのアレと言うのが、即ち女装だった。しかしそれに意味などないことは、ずっと以前からわかっていた。誰だっただろうか、最初に会った誰かに別人のように声をかけようとしてできなくて、その態度からかすぐに見破られて、僕は軽蔑され続けた。それなのにどこかにまだ妄執があって、僕はアレを続けていた。
 K高に入学してようやく、僕は訊かれたことの意味を知った。今なら、あの時のようなことはしない。真逆ではなくても違う自分をまだ希求する僕は、アレを好んでいる。あの時を克服する。僕は試験に応募した。異性を演ずること、それが課題だった。

 不合格を宣告された。観衆の目は確かに惹きつけられていたのに、なぜ。解散直後、僕は部長に食って掛かった。
「確かに見るものはあった。でもあれは、独りよがりなだけだ」
 呆然とした。食って掛かった勢いは、止まった。やはりアレに意味などなかったということか。
「あれは演劇じゃない。ただ君の一面を演じただけだ」
 当たっていた。違う女性を演じられるか、と問われた僕は、力なく首を横に振った。それで話は終わり、部長は講堂から立ち去った。残された僕は、ひとり講堂に立ち尽くしていた。
 見破られたことが認められたことと同義だと気づいたのは、差し込む日差しの色が変わったことに気づいたときだった。僕はあの時を克服した。僕の中には違う僕が確かにいるのだ。それならば僕はその違う自分を僕の一面にしてしまえば良い。
 もう僕にはアレは必要ない。その日の内に整理された箪笥は僕の心中を写してか、清々しいものだった。



Copyright © 2008 黒田皐月 / 編集: 短編