第67期 #14

憧れのかたち

 父は母を呼ぶ時、「おい」とか「あのさ」とか言う。僕が居れば、「母さん」になったりもする。
 母は父を呼ぶ時、「ねぇ」とか「ちょっと」とか言う。僕が居れば、「お父さん」になったりもする。

 僕がまだ小学生くらいの時、夜中にトイレに行きたくなって起きたことがあった。そのときリビングの明かりがまだ付いていて、テレビの音も聞こえて、父と母の話声も聞こえた。僕は父に「まだ起きているのか」と怒られるのが嫌で、こっそりリビングの前を通り過ぎようと、忍び足で廊下を歩いた。リビングの話声が、一層よく聞こえた。
 「この芸人、この間アレに出てたよな。」
 「え、どれ?」
 「アレだよ、和樹がよく見てるだろ、なんか地方ばっかりに行って、いろいろやるやつ」
 「あーー……、ダメだ、私も番組の名前だけ出てこない。どんなのかは分かるのに……」
 僕はドアを開けて、番組のタイトルを教えてやりたい衝動に駆られたが、どうにか我慢した。
 「ボケたな……お互い年取ったよなぁ」
 「そうねぇ……先輩は、いくつくらいで結婚しようとか、なんかプランみたいなのはありました?」
 僕はここで二人の会話に神経を研ぎ澄ませた。
 「……なんで昔の口調に戻すの?」
 「分かんない、戻っちゃった。話題が話題だから?」
 「なんで、そんな事聞きたいの?」
 「なんとなく、思い付いたから。聞いたらダメですか先輩?」
 母さんの口調はとても若々しく感じた。
 「……じゃ、オレも久しぶりにちぃって呼ぼう」
 この辺で僕は、なんだかいたたまれなくなって、忍び足ながらに急ぎながら、自分の部屋まで急いだ。

 最近になってそんな事を思い出した。あそこにいたのは、僕の知っている父と母ではなく、恋人同士の「先輩」と「ちぃ」だった。
 結婚を間近に迎えた今僕は、あんな夫婦になれたらいいな、なんて思っている。
 
 



Copyright © 2008 柊葉一 / 編集: 短編