第67期 #13
胡坐をかき、腕組みをした俺の前には、一本の蝋燭に灯る小さなあかりがあった。
火は小指の半分ほどの高さを保ちながら、部屋の暗闇の中にぴんと屹立しており、俺の関心は、専ら炭色の芯を燃やすあかりに集中した。薄暗い窓の外を見ることに、何の意味も無いように思われた。
ぼうっと黄色と橙が混じった中心部から天上の隅にかけて緩やかなグラデーションをつくり、まるでそこから空想上の生き物でも出てくるかの如き幻想性を備えた、仄かなあかりは、風の遮断された室内で、ゆらめきもせず佇んでいた。
一匹の蝿がそこに立ち現れ、一筋に闇に溶け行く小さな煙とでも戯れ合ってくれれば、その光景は更に興を帯びたものになったろうが、そういったあかりとの関係を俺が望んでいたのであれば、俺はきっと部屋の中でこのように凝っとしていることなどなかったろうし、眺め入るより他にすることがある筈だった。それを見つめるうちに俺は、己の全身が細かな塵の粒子に成り変わり、あかりの中に吸い込まれていくような気持ちがした。
目の前が、次第に灯されたあかりでいっぱいになっていく。それが単なる蝋燭の、作り上げられた幻だということを頭の隅に理解してはいたが、俺は我を忘れて没頭していた。塵となった俺はあかりの中を自由に飛翔し、跳ね回り、そして笑い怒り悲しんだ。俺は脳が焦がされるような安楽の中をあちらこちら彷徨っていた。
しかし、奇妙だと思った。俺はその中で跳躍し律動するうちに、何か見たこともない妖怪や化け物にめぐり会えるのだと考えていたが、ちっとも現れなかった。目の前に次々と現れては消える幻は、背中から翼が生えていたり、数え切れないくらいの足が生えていたり、珍妙な風体をしてはいるのだが、それらは皆揃いも揃って阿呆面をぶら下げて笑い、更に不愉快なことには、皆、鏡に映した俺の顔と瓜二つの相貌だったのだ。
はっとしてあかりの中を抜け出した俺は、依然として静まりかえった部屋の中で胡坐をかいており、目の前には灯された蝋燭があった。俺が驚いたのは、そこにただそれだけしかなかったことだ。
火を消すためには、窓を開け風を入れればいいし、水を垂らせばいい、更に言うなら俺が息をほんの少し吹きかければいい、だが俺はそれをできずにじっと思い悩んでいた。
目の前には、静かに燃え続ける火があった。それを消そうとしない限り、俺は一寸たりとも動けないことを直覚した。