第66期 #23
「あんた、今、仕事、何してんだったかね?」
「なんで?」
病院のベッドの上に座って問いかけてきた祖母に、私はつっけんどんに応対した。
「幼稚園の先生だったかね?」
祖母は動じることなく質問を重ねた。
「違うけど」
昔、幼稚園に勤めていた自分の娘、みゆきおばさんと混同しているのだろうと思った。
とうとう、ガンが脳にまで回り始めたか。
本気で、そう思った。胃の中に特大の病巣を育てきって倒れた祖母を、母がかつぎ込んだとき、医者は、どうしてこんなになるまで放っておいたんですか、と母を叱り飛ばしたらしい。
それが、ほんの一週間前。
「じゃあ、何してんのかね?」
三度目。
私は、わざとおどけて、大仰に答えてみせた。
「学者様ですよ。考古学の研究員ですよ」
実際は、ただの道具運びのアルバイト。考古学科を卒業してから、なぜか幼児教育に走り、再び考古学へ。私の中では一本の道がつながっているけれど、この学歴を見て苦笑いをされないことはない。
「はれ、学者様ですか」
祖母は私の冗談に乗ってきた。私も、それに応じて更に重ねた。
「そうですよ、学者先生ですよ」
まるで、普段からとても仲の良い、自慢の孫のような顔をして、私はニコニコと祖母を見た。
「それは、──したね」
「え?」
「──したね」
二度目も、祖母の言葉は聞き取れなかった。
「何したね、って?」
今更ながらに、祖母の肉体が衰弱していることを肌で感じた。声が大きい、うるさい、とさんざん注意しても、まったく悪びれることない田舎育ちの祖母の声は、聞き取れないほど掠れ、弱々しかった。
私は真剣になっていた。
必死で耳を傾ける私に、祖母が、ゆっくりと、言った。
「たっせい、したね」
──達成、と理解するのに、少し時間がかかった。
次の瞬間、私はおどけてみせた。
「……そうですよ! 出世したでしょ?」
「おお、偉い偉い」
私は、祖母の顔をまともに見ることができなかった。面会時間が終わり、また明日、とそっけなく病室を出たときも、祖母と目を合わせられなかった。
病院の廊下を足早に通り抜け、外へ出る。
自転車のペダルを漕ぎ出すと、視界がみるみる滲んだ。
……祖母は、まもなく死ぬ。
確実に、最期となる。
「女の子に学問なんか、いらん」
そう繰り返してきた祖母の、あれは、──遺言だ。
私は、あふれてくる涙を止めようともせずに、ペダルを漕ぎ続けた。