第66期 #22
人で賑わう商店街の路地裏に、長年続く喫茶店がある。
木目のシンプルな外壁と、白い内壁のモダンな作りの店だ。
真ん中の扉の奥にはカウンター。左右には椅子とテーブルが並び、
右側に暖炉が置いてある。
そこを見つけたのは、勤める会社の”お荷物”になった「私」が、
人目を避けて自宅に帰ろうと思い、商店街の脇道を選んだ時だった。
それ以来、私はその店に通う様になり、やがて”常連”になった。
『マスター』は、脱サラ経験者らしく、
社会の”シガラミ”に縛られたくないと、会社を辞めてこの店を始めたそうだ。
店に行くと、時々マスターが”思い出”を聴かせてくれるようになった。
今日もまた、思い出の1つを聴かせてくれるらしい。
『あれは確か、木枯らしが吹いた夜のことでした。
静かに入ってきたのは、暖かそうなコートに身を包んだお客様でした。
切なそうな後ろ姿に哀愁を漂わせ、暖炉側の席に座りました。
窓の外をしばらく眺めると、悲しげな目で私を見つめるんです。
私は、そのお客様にホットミルクを作り、そっとテーブルに置きました。
しばらくして、それを一口飲むと、泣き出してしまいました。
「帰りたくない。」
そういう素振りで、私に抱きついてきたのですが、
とっさに体にふれると、サラサラした感触が手に伝わりました。
ただ泣くばかりなので、どうすることもできず、しばらく側にいることにしたのですが、
泣き疲れたのか、静かな寝息を立て始めたので、泊めることにしました。
私もいつの間にか眠ってしまい、気が付いた時には、そのお客様はいませんでした。』
「その話、なんだか切ないですねえ。それで、泣いてた理由は聞けたんですか?」
『聞けなくて、察する事しかできませんでした。』
「そうでしたかあ。その後、その方はどうなったんですか?」
立て続けに質問をした時、鈴の音と共に、後ろの扉が開いた。
『丁度良いところにきました。今話したお客様です。』
扉の方を振り向くと、私は驚いた。
「えーー?!ね、猫?!」
確かにマスターが話してくれた通り、暖かそうなコートに身を包み、暖炉側の席に座って、
外を眺めてから、こちらを見ている。
「ニャ〜、ニャ〜。」
鳴いている。確かに鳴いている。これじゃあ、察する事しかできない。
私は、想像と違ったことに苦笑いをして、ちょっと肩を落とした。
『今ではもう、すっかり居ついてしまったんです。』
そう嬉しそうに話すマスターとその猫の光景を、私はしばらく見つめていた。