第66期 #2

世界一短い推理小説(千字ver)

私の書斎、雑多な本の中に厚いハードカバーに“世界一短い推理小説”と題された本がある。そのカバーの間には紙が三枚挟まれているだけで、しかも、二枚は内側のカバーであった。つまりは本文の書かれているのは更にその間の一枚と言うことである。
そして、本文にはたった一行、こう書かれている。
「その日の午後二時、T.Nは何故あのように殺されたのだろうか。」
本を隅々まで見回したところで他には何も書かれていない。
私はこの本を深く読み解きながら推理した。
T.Nという人物が殺された。その理由が“何故”か分からないのは、彼が穏やかで誰からも恨まれないような人物であったためだろう。
それから、この犯行は物取りの線ではないに相違なかった。
という事は、通り魔か何かの仕業だろうか? いや、違う。それならばそもそも“何故”と言う必要がない。それに、書くならば“殺されたのか”と言うより“殺されなければならなかったのか”と同情的になるはずだ。
私は何度も推理しながら、ある瞬間“あのように”と言う言葉に引っかかりを覚えた。
あのように、それは恐らく猟奇的で残虐な方法で殺されたのだろう。そのとき、私の頭にバラバラ殺人という言葉が浮かんだ。
そうだ、それに違いない。だとすると、遺体を解体する目的として考えられるのは遺体を運ぶためだ。しかし、そうでは無かった。だから、疑問が残ったのだ。つまり、T.Nは恐らく自宅で殺され、そこでバラバラにされていたのだ。
最後に、私は全文を踏まえて考えた。
殺害の理由がはっきりせず、憶測も立たないという事は犯人が誰にも目立った目撃をされなかったはずだ。目撃談があると殺害動機の憶測が囁かれる結果を生む。
つまり、犯人は午後二時ごろ民家の周囲をうろついていて不審でない人物である。
以上から私は結論を導き出した。
T.Nを殺したのは犯人出前か何かを配達する配達員だ。動機は出前の到着が遅いことに苦情を言ったT.Nに犯人が逆上し、殺したのだ。おそらく毎度毎度犯人はT.Nに頭ごなしに咎められていたのだろう。なぜなら、私の経験では普段人柄のいい人ほどいちいち小うるさい性質があるからだ。
犯人はそのT.Nの苦情に相当参っていたに違いない。そう、この結果として犯人は分裂病になっていたのだ。
分裂病を患っていた犯人は、死してもなお苦情を言い続けるT.Nの妄想に取り付かれて、顔、体が完全に分からなくなるまで彼を切り刻んだのだ。



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