第66期 #19
「発車致します。扉が閉まりますので、お足元にご注意下さい」
窮屈。朝の通勤通学ラッシュの電車に、彼女は乗っていた。立っている隙間もほとんどない状態だ。
セーラー服の彼女は、閉まる扉に挟まれるかもしれない……そこに立っている。
「ちょっと待ってくれ!」
全力疾走で駆けてくる足音が、大声と共に響き渡る。
若い男。今風の着こなしのチャラい男だ。
「ちょい、失礼すんで」
彼女は男に押され、余計窮屈になった。彼女の顔が思わず歪む。まあ仕方ないのだが。
男が乗った瞬間、扉が音を立てて閉まった。電車がゆっくりと加速する。
男は扉にすがり、手に握っていたイヤホンを耳元に近づけた。
この状況が分かるか。
彼女は精一杯の力を両足に込めた。少しでも足を崩せば……。
こういう状況だからこそ、電車は意地悪をする。曲がる線路で、電車が揺れた。彼女の背後の人達が、彼女にのしかかる。
「きゃあ!」
「おおっと!」
彼女は、息を凝らしていたが、堪えずにはいられなかった。男の体に、彼女の全体重が寄りかかる。男の鼓動が、彼女の頬に伝わっていく。
体勢を直そうにも、彼女の背後で寄りかかる、この人達がいる限り、不可能だ。
恥ずかしいっ!
もう、明日からは一本速い電車だ、いや自転車を使うか、徒歩にするか――。
「別にええで」
彼女の耳元で、ささやく声があった。頭に血が上る。
「気にすんな」
彼女は謝ろうと口を開こうとするが、恥ずかしいせいか上手く声が出ない。
「女子高生に寄りすがられて、嫌でもねえし。って、なあんてな」
この男、ただの変……。
「これで、気を紛らしとき」
彼女のうつ鼓動が、一瞬強く飛び跳ねる。
響く壮快なメロディー。男は、彼女の耳にイヤホンの片方をあてていた。
「変なの……」
小声の彼女は、電車の騒音でかき消された。
「間もなく、西条、西条です。お出口は左側です」
車内にアナウンスが流れ、電車は減速し始める。
もし車内の人が減れば、どうなる?
「俺降りる! って、扉閉まったし!」
ふと、頭上の声で我に返った彼女。背中の重みがない。車内の人口密度は減り、電車は加速していた。
「まあいっか」
寄りそっていた男の体から、勢いよく離れた彼女。と、一緒に男も前のめりに。
「いたた。イヤホン外そっか」
彼女の頬、顔全体は真っ赤に染まって、体温急上昇。
「す、すみませんでした!」
車内に響く彼女の、声。
明日からは、徒歩決定だ……!