第66期 #18

仮面少女

 看板ヒロインのレーコと笑顔でお別れすると、ゆっくり画面は暗くなり、やがてエンディングテーマが流れ、ついでスタッフロールが流れてきた。その時になってようやく微かに緊張していた空気が緩み、パソコンの前に居座った男達は大袈裟に溜息をついた。僕も曲げっぱなしだった腰を捻った。
「やっぱり音楽がいいな。BGMの力が大きい」
 製作総指揮のDaigoさんが欠伸を噛み殺しながら言う。
「お手柄ですね、橋本さん」
「や、所詮僕はRINさんの歌に曲もつけられなかった男ですから」
 そう言いながら指先で髭を弄ぶのはコンポーザーのハッシー本田さん、もとい橋本さん。
「とりあえず皆お疲れさん。なんとか予定通りにはいけそうだ」
 宣伝のみやぽんさんが安堵の笑みを浮かべ、机上にコーヒーを置いた。
「あ、みやさん、やはり今日も寝かせないぞと、そういうことですか」
「はは」
「もう一週間は何もしたくない」
 メインプログラムのケラニシさんが机に突っ伏して呟く。同感だ。僕だってここ数日は吃驚するくらい忙しかった。手も痙攣した。
「でも頑張った分、今回はいいんじゃないの、これ」
「七瀬君も良かったよ、背景」
「なんとかボロが出ないよう必死でした」
 確かに必死だった。この七添八起、背景で失敗はできない。元美大生として。
「今度人物も任せようか」
「やめてくださいよ。僕にあんな可愛い女の子の絵が描けるわけないじゃないですか」
「いや、そういう絵こそ却ってウケるもんだ」
「さすが美大生。将来が楽しみ」
 ケラニシさんが煽りを入れ、全員が笑う。
 僕は苦く笑う。

 ブラインドを指先でつまみ上げてみると、ついさっきまで夕日が差し込んでいたと思っていたのが、いつの間にやら一面闇である。
 午前三時だった。
 この男達は一体全体なにがしたいんだろうか、と思うことがある。ヘンテコな名前を使って正体を霞めて、睡眠時間を削って。
 眼下には夜の住宅地が広がっている。そこに華麗なるヒロイン達を一人一人並べてみる。だがそれはどうにも暗すぎて、みんな霞んで見える。でも大丈夫だ。僕なら想像で夜の街並くらい鮮やかに描き出せる。僕にはこの世界で出来ることが確かにある。それで今は、何も問題ない。
 ぱちんと音がして、部屋までが暗くなった。Daigoさんが、もぞりと机の下から枕を取り出す。今からなら四時間の睡眠は確保できるのか。僕も暖房の前に移動した。今日は大事なPRイベントがある。



Copyright © 2008 壱倉柊 / 編集: 短編