第66期 #14
三月二十一日、午後四時。早咲きの桜の花が散るのを見ながら俺は、終わりというものはいつか来るものなのだと、時の経過を想う。
今日は、卒業の日。
「もう、それを見ることはないんだな」
我ながら抑揚のない声だ。しかしこれは決して無表情などではない。感慨あり、安堵あり、懐疑あり、そんな雑多な気持ちが混然として、どのような形もとれないのだ。
「うん」
窓辺に佇んでいる奴は、桜の花の色に似た明るさで、俺に背を向けたまま、頷いた。見ているものが映りこむ濁りのない大きな目はまっすぐに窓の外を向き、散る花びらよりもみずみずしく血色の良い唇は緩く閉じられている。今日は特に何かをしたのではない。ただ散歩に行き、帰ってきただけだ。しかし奴は今、とても幸せそうだ。それが間もなく、終わる。
「付き合ってくれて、ありがと」
一転、奴の声が寂しさを滲ませたような響きに変わった。それは今日一日のことか、それとも今までの全部なのか、そう俺が問う前に奴はくるりと振り返った。花柄のワンピースの裾がふわりと翻り、下りた。
「今日で、このガーリッシュファッションから卒業します」
窓の外からの光が逆光になっていて奴の表情はよくわからなかったが、その声には湿り気はなかった。俺は生返事を返した、のだと思う。奴はまっすぐに俺を見据えながら、星の飾りのヘアピンを抜き、花柄のワンピースを脱いだ。同性の奴のことだ。別に目を逸らすこともないし、見据えている必要もない。俺は何もせずにいただけだった。その俺の前で奴は、やや大きめのクリーム色のトレーナーと白の靴下はそのままで、下にカーキ色のカーゴパンツを穿いた。
「オレはオレだけど、な」
開ききった花のようなあどけない笑顔は、奴のものに変わりはなかった。しかしその傍らに畳まれたワンピースは、ただの布地でしかなくなっていた。何気なくそれを手に取った俺は、その軽さに驚いた。今日までずっと惑わされてきたことが嘘のように、それには何の質感もなかった。何をするのか、と奴が首を傾げながら見ている前で、俺はそれをそっと元の場所に置いた。
「これで清々した。やっと変態趣味とはおさらばだ」
言ってくれる、と奴が俺を小突く。小突き返した俺は、感慨も安堵も疑念もすべて吹き飛ばして、思い切り笑ってやった。同じように奴も、大口を開けて無邪気に笑った。柔らかな光を受けた桜の花は、そんな俺たちを祝福しているようだった。