第65期 #4

キーボードの上の羽

 恋人がいる。黒髪ロングヘアで色白でやせっぽちな彼女。ネットサーフィンをしていると後ろから抱き付いてきて、勝手にマウスを動かして僕を怒らせる。彼女はその反応をみてカラカラと笑う。必然的に僕はアダルトサイトなんかめったに見ることができなくなって、でももともとそれほどそのテのサイトは見ないから、僕らはかなりウマクいってたと思う。

 僕には中国人の友人がいて、たまに彼から来るメールを楽しみにしていた。でも、彼のメールを読むときだけは独りで居たくて、いつも彼女のいない隙に、アダルトサイトを見るよりも慎重にこっそりと読んでいた。

 今、運が悪いことに、メーラーを立ち上げっぱなしの状態でネットサーフィン中に彼からメールが来て、予想どおり彼女は興味津々の眼でクリック。僕は慌ててマウスを彼女から取り返したけれど、彼女は僕の手の上に白い手を置き、温かな身体を押し付ける。彼女は彼のメールを、僕の指を誘導させてかちかちスクロールして読み進める。彼女の白い手がだんだんと紅潮し、爪が僕の手に食い込んだ。痛みに驚いてマウスから手を放すと、
「お願い、放さないで」
 と言う。僕は彼女の手を握った。彼女は小さく呻いて、僕の背でだんだんと小さくなっていく。

 今、右手の人差し指と中指の間に、爪楊枝みたいな足が挟まっている。彼女は白い羽をバタバタと動かし、僕から逃げようとしている。部屋とキーボードの上に落ちた羽が悲しくて、窓からそっと彼女を逃がすことにした。


 そう決めたことを、今、中国人の友人宛てのメールに書こうとしている。



Copyright © 2008 水曜日 / 編集: 短編