第65期 #3

空のボク、大地のボク、海のボク

 空のボクは空だから、時には南極で水しぶきを上げて、時には九十九里でさざなみをたて、時にはそこはアドリア海で、ベネチア運河に潮風を送る。空のボクは雨を降らせる。雪も降らせる。風をハリケーンにかえ、時々、ハリケーンは人を困らせる。ボクはいつも青かった。夜は夜で、満天の星。
 大地のボクは17歳で、高校2年で日本にいて、クラスの女の子に恋をして、恋の相手は松本はるなで、新学期にボクのとなりに席が決まった。2学期、秋。今は三学期。もうすぐバレンタインデーで、教室の外は真っ白い雪。チャイムが鳴った。放課後が始まった。
 海のボクは、そこはとても深くて、とても暗くて、限りなく冷たいからもしかしたら夜見る夢に錯覚するくらいならきっと本当の夢の中にいるようで、ボクは時々ナーバスになると、無性にピストルが欲しくなる。夢の世界にピストルなんかありえない。ピストルがあったって誰もいない。
 松本はるなはとても美人で、美人というよりとても可憐で、大地のボクがそう思うなら、クラスの誰もがそう思っている。可憐な女の子は髪が長い。でも、松本はるなは少し違った。ショートヘアで男子みたい。めがねをかけて、なんだか不細工。
 「髪、伸ばせよ」
 「面倒だよ」
 「めがねはずせ」
 「見えなくなるの」
 松本はるなにキスをした。少しはにかんで、涙をこぼした。
 海のボクは家に帰ると、ペットボトルに詰められて、冷蔵庫で優しく眠る。冷蔵庫はひんやりとして、すごく快適で、すぐにウトウト眠くなる。ボクはきっと飲むと美味しい。美味しくて甘酸っぱくて時々きっとほろ苦い。冷蔵庫にはピストルがあった。すこしナーバスになると何だか無性に撃ちたくなるだろ。
 空のボクは、大地のボクと海のボクをいつも優しく見守っている。松本はるなが可憐でいるし、ペットボトルのボクはとてもナーバス。
 空のボク、大地のボクと海のボク。



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