第65期 #23

餅を焼く

 昔は、炭をおこして餅を焼いたものだ。
 戦直後のことではない。昭和五十年代のことである。我が家の廊下には裸電球がぶら下がっていた。障子があり、襖があり、木製の雨戸があった。極めつけ、トイレは汲み取り式だった。家の前には森が広がり、まるでトトロの世界だ、と言われたのは、中学生の頃である。
 小学生の頃、級友を家に招けば、その森を誰もが「怖い」と言うから、私は非常に不愉快であった。もう来なくて良い、お前ら、今ここで帰れ、と心の中で罵りながら、それでも口では何も言わなかった。ただ二度と呼ばなければ良いだけのことだ。私には友達と呼べるような級友は、なかった。もっとも、今も友達の定義はよくわからない。未だに行事は父母と過ごす。
 そう、炭火で餅を焼いた。正月の雑煮に入れる餅はもちろん、冬にはよく餅を食べた。大抵は磯部巻きにして、母の許しがあれば、砂糖醤油で食べた。母の作る汁粉に入れて食べることも多かった。母の汁粉は奇蹟のように美味しくて、いや、母の料理は何もかもが、あまりにも美味くて、おかげで外食しても満足することは極めて少ない。
 今日は河豚を食べに来た。父の仕事のつながりだが、美味いというので家族で食べに来た。去年も食べに来て、コースとは別に追加で頼んだ穴子の炭火焼きが美味かったので、今年も注文した。
 その穴子に、小さな餅が添えられている。女将は今年も同じ注意をした。
「お餅は、焦げやすいのでね。端のほうに置いてくださいね」
 それを釈迦に説法と言うのだ、と、去年もそう心の中で思ったな、と苦笑する。言いたいことを何でも言う人間だと思われているわりには、言わずにいることも多い。もし本当に何もかもを言ったら人は何と言うのだろうかと思うと、ますます笑いがこみ上げた。



Copyright © 2008 わたなべ かおる / 編集: 短編