第65期 #16
二〇〇八年二月一日、太陽に月が懸かりしもと、僕は――。
朝の煌々とした日差しを浴びて、群青の広がる空を仰ぐ……僕はこの時間が大好きだ。時の流れを忘れることが出来る唯一の時間。
僕がこの空の見える河原に通い始めてから七日が経つ。今日は確か、二〇〇八年二月八日のはずだ。
僕には友達という存在がいない。この河原に沿って続く通学路を行く者達も、僕には目もくれず無表情で過ぎ去るのだ。それ故、僕はただ独りでこの河原に腰を沈めている。
「空気が気持ちいや……」
小鳥のさえずりに耳を傾け、目を細めながら空の一点を見据える。希望と失望が錯乱した、そんな気持ちだった。
「そこのお前」
突如、背後から鋭い声がした。僕は特に気に留めることもなく、聞き流しておいた。
「聞いてるのか」
鋭い声はまだ続く。振り返った僕は、思わず声を漏らした。
「えっ? 僕?」
「そうだよ、お前のことだ」
初めてだった。此処で僕に喋りかけた人は。
鋭い声の主は、艶のある黒髪を腰まで垂らした、凛々しい女だった。
「お前、そこで突っ立って何してるんだ?」
「……空を見てるの」
僕の返答を聞いた彼女は、僕から目を逸らし、歩き始めた。そして、再び鋭い声で言った。
「学校サボるなよ、まだ学生だろう」
彼女の容姿は、どの角度から見ても大人で、僕より十くらい年上だろう。
「学校行けないんだ……」
「は? どういう意味だ?」
彼女の歩みは静止した。
僕は溢れてくる哀しみを抑え込み、少し間をあけて、口を開いた。
「だって僕は……」
ふと僕と彼女の間を横切る人の姿が、視界に映った。そして、我に返った。
「君、僕が見えるの?」
理解が出来なかったのか、彼女は首を傾げた。
「お前何が言いたい?」
彼女は気づいていないようだ。でも、どうして自覚がないのか。いや、それはともかく……。
「君、僕が見えるってことは――」
今日、僕に友達ができました。
二〇〇八年二月一日、太陽に雲が懸かりしもと。太陽を探す僕の前方不注意で、僕は交通事故に遭い、死んだ――。
しかし今は、右に希望、左に失望を乗せた天秤は、右寄りに少し傾いていた。