第64期 #8
目に見えないが電波は飛んでいるはずだ。
にもかかわらずチャンネルが合わないのはなぜか。
考えられる可能性としては受信機の故障である。
以前から受信機は故障していたようにも思える。
しかし確信はない。
ちゃんと動作している状態の受信機を見たことがないのだ。
あるいは、この部屋は電波の届かないところなのかもしれない。
そういえば壁の層が厚い気がする。
しかしそれも確信はない。
私はこの部屋から出たことがないのだ。
この部屋に入ったとき、ドアには≪関係性の科学≫と書かれたプレートが貼ってあったと記憶している。
だからこの部屋はきっと≪関係性の科学≫の部屋だ。
さてながら私は、≪関係性の科学≫の研究者なのか、それとも被験者なのか。
さあ、わからない……。
いずれにしても当面の問題は、早急にチャンネルを合わせなければいけないということだ。
それまではすべてが茫漠としている。
この部屋は殺風景だ。何もない。
私は受信機から発せられるノイズを聞いている。
ずっと聞いている。
単調で無意味なノイズ――それが関係性を保障する唯一のものだからだ。
受信できるはずのチャンネルに於いて生じているであろう関係性の保障。
同時に、現時点での私の関係性との無関係性の明確な証拠でもある。
渇望が湧く。
考えたくはないが、電波は飛んでいないという可能性もある。
その場合、初めからチャンネルは合うはずがないのだ。
それなら、受信機が故障しているのかどうか、この部屋が電波の届くところなのかどうか、確かめるすべがないということが問題だ。
いや、それ以前に、なぜ私はここにいるのか、ということが問題だ。
あるいはまた、更に考えたくないことだが、既にチャンネルは合っているという可能性もある。
受信機に映る灰色の雑像は合っているチャンネルなのだ。なんと空虚なチャンネルであることか。
もしくは、私のいるこの場所がチャンネルの虚像なのだ。なるほど、確かにワンクリックですべてが消えてしまいそうだ。
ときに私は私を見ている第三者の存在を感じることがある。
あれは誰なのか。
またときに私は、受信機の灰色の雑像の中に朧な風景を見ることがある。そこには一つの人影らしきものが佇んでいる。
あれは誰なのか。
さあ、わからない……。
それともあれも私なのか。
さあ、わからない……。
いずれにしても私はずっとチャンネルを合わせ続けるだろう。もしかするとそれが≪関係性の科学≫なのかもしれない、という気もする。