第64期 #18
一月四日、午前十一時。昨日みんなで少し遅い初詣に行った神社の境内に、僕は一人立っていた。祭がないほどに小さな神社は、三が日を過ぎた今日はもう閑散としていた。木枯らしが音を立てて石畳を吹き抜け、僕は少し身震いをした。
今日は僕ではない僕の初詣。昨日慌しく下宿先に戻っていった姉の振袖は、重い割には寒い。濃い水色の地に白い小花柄の振袖に白地の帯、草履の鼻緒や腕から下げた巾着袋も振袖と同じ水色という配色が、この空の下では寒々しいかもしれない。
今年一年、平穏無事でありますように。縁起を担いで五円玉を賽銭箱にそっと入れ、ゆっくりと祈念を捧げた。声高に話をしながらであった昨日とは違い、今日は厳粛な気持ちでの参拝だ。境内から参道の階段に差しかかろうとした時、階段を静々と登ってくる一人の参拝者がいた。こんな時期に、誰だろう。ふと顔を窺った僕は、それが見知った顔であることに驚き、声を上げてしまった。
「みんな昨日初詣に行くって言ってたから、今日は誰にも会えないかなって思ってた」
僕も同感だった。だから彼女がここにいることに驚いて、声を聞かれてしまったのだ。
「きれいな着物って思ったけど、まさか君だったとはね。びっくりしたよ」
彼女は僕の声を聞いて驚いたのであった。それまでは僕であることに気がつかなかったと言う。その彼女について僕も三度目の参拝をして、二人並んで階段を降りていった。
帰り道、着物をどこで入手したのか、普段はいつも女物の服を着ているのかなどの質問が、彼女から矢継ぎ早に投げかけられた。僕はどう答えようかと黙ったまま歩くので、彼女の質問だけが山積していく。そんな時、折悪いのかそれとも良いのか、巾着袋の中の携帯電話が鳴った。
「もしもし」
『今頃あたしの振袖着てるかなと思って電話したんだけど、どう?』
「うん、ちょうど今借りてる。後でクリーニング出しとくから、今日は貸して」
姉は電話の向こうで笑いながら、後で写真をメールで送るように僕に命じて電話を切った。
「お姉さんのだったんだ」
電話を耳から離すと同時に、今度は彼女の声が僕の耳に入った。
「だったらさ、私がメイクしてあげる。そしたらもっと写真写り良くなるよ」
山積した質問は撤去されて、僕は初めて彼女の家へと遊びに行くこととなった。
四日目から平穏無事ではなくなってしまったが、今年は良い一年になりそうな予感に、僕は早速神様に感謝を捧げた。