第64期 #10

二人

 ぐぅっと飲み込んだ言葉は消化不良を起こし、それが身体に蔓延していく。
煙草を吸う人より、この身体の蝕みかたは、早いと思う。
 昔はこうじゃなかった。笑顔と共にいた。
 あの頃の笑顔を今は浮かべることができず、過去の、笑顔で映っている写真が別人のようで、私はそれらの写真を焼き捨てた。
 ただ、一枚。たった一枚、それだけは誰も知らない箇所にしまってある。
 私だって笑えたんだという記憶と共に。

 環境によって人の顔はこうも変わるものなのだろうか。歳も重ねた。けれど、変わらずにいる同じ顔を見ると、打ちのめされる。
 笑おうと口の端しを上げても、引き攣ってみえる。自嘲するのは簡単。ふっと浮かべる笑みはすべて自嘲だと言い切ることすらできる。
 それでも。都合の良い希望を持ち続けている。どんなに落ちぶれても、毅然としたものを持ち続けていたい。蝕んでいく中でも、最後の希望のように持ち続けている。


 太陽と月、陰と陽。その私は暗い方。と姉はいつも言う。そんなことはないという言葉はいつしか意味を持たなくなった。これまでは、なにもかも、すべて同じはずだったのに。今は同じ所を探すほうが難しい。
 そう思ったことを、すぐに言わない程度は私も大人になって。姉には気づかれないように遠慮する。そう、これでも遠慮してるんだ。姉に対しては。
 私だって、いつも笑ってばかりで何も考えていないわけじゃない。
 でも、姉の笑い方と私の笑い方は違う。
 いつからだろう。姉と私が変わってきたのは。何もかも一緒で、ほんのちょっとだけ姉のほうが良くできて。そのほんのちょっとが、私が見えない何かが姉には見えていたのかもしれない。
 でも、ね。思うんだ。色々あるよ。みんな、多分色々ね。
笑えなくたって、笑って、思いっきり笑って。そうしたら、それが普通になる。
 姉は姉の人生だけれど、昔みたいに一緒に笑おう。
 そんな日を私は待ってるよ。



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