第63期 #9
少し離れた歩道橋から、スクランブル交差点を眺める。
いっせいに動き出す人。黒・灰色・・・・・・。忙しそうに多くの人が歩いていく。
私もほんの少し前は、あの中にいた。忙しく、わきめもふらずという言葉がぴったりと合うような、下に見える雑踏そのものだった。ほんの少し前のことなのに遠い気がするそれらは、もう私の持つべきものではなかった。
「何見てんの?」
いつのまにか、ヒロが横にいた。私の視線の先を捉え、うじゃうじゃいるとつぶやく。
「待ち合わせ場所を歩道橋の上って、普通しないよ」
「でもいいでしょ? 色んな人がいるっていうのを、高みの見物ができる」
ヒロがとても嬉しそうに言う。
「同じような色ばっかりだよ」
「そうかな? 歩道橋の隅で動かない人とか、おかしなくらいスカート短い高校生とか、派手なシャツの兄ちゃんとか・・・・・・」
そういわれると、そうかもしれない。ヒロのちょっとしたひとことに、私はまだヒロ側の人間でもないと思い知る。
完全な宙ぶらりん。振り子かブランコのように、でも振れは少なく行ったり来たり。
「オレみたいになろうと思ってる? ナナさんはナナさんでいいんだよ。ほら十人十色って言葉あるでしょ? 百人なら百色、千人なら千色」
万とか億とかの色の区別、オレできる自信ないけど・・・と楽しそうに話す。
ヒロの世界はいつだってカラフルで、鮮やかに見える。
「ナナさん、ほら暗くならない」
にっこりと見せる笑顔まで鮮やかだ。
下を見る。
ちょうど信号が変わり、いっせいに人が動き出す。
「そろそろ行こうか」
ヒロの方に向き直り、私はそう声をかける。
「ナナさん、珍しく積極的」
ニコリと笑って、歩き出した。
「そうだ。あの交差点を通って行こうよ。きっと楽しい」
ヒロがそういうと走り出した。私も小走りで追いかける。
黒と白の多い中に、奇抜なファッションのヒロと、紫色が多がメインのそこそこ派手な服を着た私がスクランブル交差点を歩く。
それはほんの短い時間のことだけど、多分、きっとまた違ったものがみれる。
ヒロと同じものをもう少しみていたい。
そう考え、私は追いかける速度を少し速めた。