第63期 #8
午前中は読書をした。卒論はまとまってきたけど、読みきれていない本に目を通す。
僕は就職するつもりだったけど決められず、今は大学院への進学でまとまってきている。就職が決まったみんなは、それぞれ周りと同じくらいに論文をまとめたようだ。でも僕は提出期限まで直しを続ける。言葉にせずとも決めていた。
そういえばこの前、先生がゼミのみんなに、遅い紅葉狩りに行きませんかと聞いていた。みんなは就職先の用事やバイトで無理だと言っていたけど、どうするんだろう。
昼になり大学へ向かった。
紅葉狩り。多分僕が出さなければ消えてしまう話。
3時に大学に着いた。学生たちが入れ違いに帰っていく。僕は遅刻者だ。
先生は、どうしましたか、卒業論文についてですかと、僕に聞いた。僕は紅葉狩りはどうするのかと思い来ましたと、そのまま言った。先生は、それはいい、では今から行きましょうと、簡単に決めてしまった。
忙しくなかったのだろうか。先生の用事も終わり、明日から連休で授業がないことも即決の一因だった。
車の助手席に座り、最寄りの観光地へ向かった。
赤の中に枯れ木も目立つ。土に近づく朽葉色の道を歩いた。川に朱色の橋が架かり、絵葉書の様子を持っている。
夫婦やカップルが多かったが、男二人、活発に話すでもなく、何も気にせずのんびり歩く。そんなところに僕も、先生の影響を受けたと感じることがある。それは嫌ではなかった。
歩くと思考がとまるようで、透き通っていくようでもある。紅葉の道をのんびり歩くことも、本を読むことも、どちらも等しく、大事に思う僕がいる。それは、就職予定だった僕に、大学の先生という職業を認めさせ、今の大学院に進みそれになろうとする僕を、肯定するようにもなっていた。
大学の先生になるのなら、僕は就職した時よりも、考え続ける人間でありたい。
雪が降り出し帰ることにした。車中、先生はいつもの調子でしゃべり始めた。
「あんな所にスーツで来ていたのは私だけですね。大学の先生というのは、はた目からは何をやっているかよく分からないものですし、実際何もやっていないような人もいます。一応土日は大学も休みだし、6時に帰れることを考えるとたいそうな職業ですよね。だからといって、自分の仕事を怠けるかは個人の問題ですけど、やはり平日にスーツを着たままふと紅葉狩りに来たと言えば、やはり私は、自由人として見られますよね」
先生は、隣の僕に優しく話してくれた。